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場所が場所であることを忘れていた。ふたりともぎくっと身体を震わせて振り返ると、レジ袋をぶら下げた竜一の母親が立っていた。
あわあわとぶっ倒れそうになっている竜一を後目に、あくまで陽気にぴょいっと片手をあげて、辻は竜一の母に話しかけた。
「よぉ、明日見ちゃん。俺よ、竜一と結婚することにした。よろしくな」
あっけにとられている竜一の頬に軽くキスして、辻は階段をのぼった。
「なに馬鹿なこと言ってんだい、この子は!」
母親が下から怒鳴り返すと辻は肩をすくめてみせて、
「ひえー、しゅーとめ怖ぇぇ~」
と笑いながら三階に消えていった。
竜一は固まったまま動けなかった。辻がそういってくれるのは嬉しかったが、あまりの急展開に壁に背を持たせかけて、ずるずるとしゃがみこんだ。
顔から火が吹きそうだ。とてもまともに母親の顔を見られなかった。
「あんた……本気かい?」
竜一の様子に、感じるところがあったのか母親が訝しそうに聞いてきた。
竜一は口元をおさえて、ただこくこくと何度もうなづくしかなかった。母親は眉間にしわを寄せてちっと舌打ちをした。
「勝手にしな」
面倒くさそうに言い放つと、階段を上がって行った。
許しなどいらない。評価なんかされなくていい。
ほったらかしで、十分だ。
体中の力が抜けた。
十二月二十四日。
聖なる夜。
宙に浮いたままだった竜一を、誰かがそっと地に降ろした。
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