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竜一は昨夜、アパートの前で坂口を待ち伏せした。坂口は学校指定のものらしい赤いジャージを着て、水銀灯の光の向こうからぶらぶらと歩いてきた。
ほんの半年ほど顔をあわせなかっただけで、坂口は他所者を見るような目つきで竜一を睨みつけ、すぐに目を伏せて無言で脇をすり抜けようとした。
「辻が屋上跳んだって、本当か」
自分でも性急すぎたと思った。
辻が屋上を跳ぼうが跳ぶまいがどうでもいい。感傷的な気分に決着をつけたかっただけだ。
それが、人生における重大事件が起こったように上ずった早口で坂口を問い詰めていた。
坂口の口元が余裕を見せるようにゆがんだ。
「本当だぜ。俺見たんだ。辻くんが跳んだところ」
港内にぽつりぽつりと灯る青白いあかりにアパートの建物がぼんやりと浮かび上がっていた。二棟の間の暗闇を見つめて、坂口は次第に竜一の存在を忘れたように恍惚とした表情になっていった。
「めちゃくちゃかっこよかったぜ。赤い鳥……」
坂口はふっと言葉を飲み込み、階段に向かって歩き出した。
竜一の耳にひそやかに忍び込んできたのは、坂口が発したとは思えない甘ったるい言葉だった。
「天使だ」
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