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「……馬鹿馬鹿しい」
何が天使だ。
心底くだらない。
一晩中つぶやいて、夜明けと共にこの場所に来た。
古いからか、あくまで安上がりに建てられたからかしらないが、屋上に柵はない。二十センチほどの高さの出っ張りがぐるりとめぐっているだけだ。
西棟の端に近づくと、身を切るような冷たい風が建物の間から吹き上がった。
『風か……』
一瞬でも空想じみたことを考えた竜一は己を恥じた。覗き込んだ建物の隙間は下から見るよりも広かった。水平線を眼下にして海が見渡せる景色も、とてもではないが「ここから跳ぶ」という行為を後押しするものではなかった。
『考えるだけでも馬鹿だ』
本来ならば駅に向かわなかければならない時間がきても、竜一は立ち尽くしたまま動けなかった。
日が昇り、空が青さを取り戻す。塗りなおしたばかりの給水塔が真珠のように白く輝いた。
竜一は唇を舐めた。ほんのり塩辛い。北風が塩を吹き付けてくるのだ。
この風にあたっては、洗濯機も車もガードレールも、金気のものはすぐに赤錆る。
沖からたてがみをなびかせて白い雲が駆けてくるのが見えた。
風が一段と強くなる。
みるみるうちに気温が下がっていく。
遠雷が鳴った。
あの雲が陸にたどりつくと、冬がやってくるのだ。
白い嵐が吹き荒れ、皆が下を向いて過ごさなければならない暗く寒い季節がやってくる。
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