第六章 雨(15話)

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 急変した。紺の拳が目の前にあった。避けきれずに頬骨を撲たれ、よろめくと腹を殴られた。紺が吼えた。白とも赤ともいえる視界の中で俺はどうにか右拳を腹に叩きこんだ。紺が体勢を崩し、左脚をさらに叩きこむ。紺は慣れていた。最も暴れ回っていたと利も言っていた。こっちは何年もまともに喧嘩などしていない。左肩が痺れてきた。自由に動かせない。血を失いすぎたのか。だがここで意識を失うわけにいかない――。気概だけが、すべてだ。  長くは続かない。互いに肩で息をし、よろめきながら睨み合う。気概だけで立っているのはどちらも同じだ。紺の肩が壁にぶつかる。明らかに疲弊しても、血痕が掠れる白い顔に穿たれた眼光の鋭さにどこかで感嘆さえ覚える。  左腕に触れる。ぬるりとすべる。視界が霞む。出血を減らすのに胸に手をやり、耐えられずシャツを掴む。白い服なんて、着てくるのではなかった。目に入る景色が絶望したくなるほどに、紅い。 「――お前らが、やっていることは、なんも意味ねえことなんだって」  息を吐き、切れ切れに呟くと、紺が鼻で嗤った。  ふいに汝緒が口を開いた。 「さっきから、何か勘違いしてないか」  汝緒は銜えていた煙草を抜いて、目を細めた。そして壁際にうずくまる利の頭に手をやり、髪を鷲掴みにした。 「おい」 「こいつのことを、知ってるか」  意図がわからず眉を顰める。 「何も知らないだろ」  黙った。奴にしてみれば、事実だ。紺が血の滲んだ唇を拭い、脱力するように利の横で壁に背を投げた。汝緒はそれを横目で見て、俺に視線を戻した。 「何人とやったと思う」  苛立って、震える息を吐く。 「好き好んでじゃねえだろ」 「そうだよ」  紺が咄嗟に呟いて、嗤った。 「――どうだかな」  投げやりな続きを聞き取り、眉間を寄せる。紺が両手で髪を掻き上げ、喉を反らして目を閉じた。  汝緒が利の髪を引き寄せた。顎が持ち上がり、ちいさく唇が開く。酷い眩暈がきた。金髪には白い液体が絡んでいた。汝緒は微かに、唇を歪めた。 「殴って犯るのに、意味なんかあるのか。ただの人形みたいなもんだろう」  俺は耳を疑いたくなった。  こいつは、何を、言っているのだろう?  赤くなった視界はすぐに冷め、かわりにやるせなさがこみ上げる。 「てめえらでもわかってないっつのか、まだ」  自分たちの矛盾を。執着を。それが何なのかを。
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