第六章 雨(15話)

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 ふいに、汝緒が着ていたコートを脱いで利の身体にかけた。酷いやるせなさに、俺は苦しくなって額を押さえた。今さらかけられたそれも、利もすっかり濡れていた。  不器用な男がした、小さなこと。  俺は、汝緒が得体の知れない呪縛から、わずかに抜け出したことを、知った。  汝緒が紺の肩に手を掛けた。  腕を担いで立ち上がらせる。紺はほとんど意識がない。眠るように目が閉じられ、その貌はあまりに疲れきっている。見下ろす汝緒の顔は、同情とも慈悲とも呼べるような色をしていた。  俺はどうにか立ち上がり、紺を失った利の身体が傾ぐ前に、腕に抱きとめた。 「利に」  汝緒が振り返った。  俺は利を抱きかかえながら、向き合った。 「悪かったと」  そのひとことに、目の奥が痛くなる。 「そんなの、自分で言ってやれ」  汝緒は笑った。紺を引きずって歩きだそうとするその背に、もう一度声をかけた。 「どうしてもっと、素直に伝えてやらないんだ」 「しつこいな」 「利は、お前らのことを、俺のところにいる間もずっと気にしてた」  痛みにぶれる息のまま、そう告げた。汝緒の目は表情を喪い、そしてまた哀しく笑う。 「いまさら、どう素直になれっていうんだ」  青く煙る視界の中で、去ってゆくふたりの背を見送る。  俺はもう、何のことばも持たなかった。  まるで、悲劇映画の終盤を観るような気分だった。
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