第六章 雨(16話)

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 翌日、通院を終えてヘアメイクの前田さんに連絡を取った。デビュー前からの付き合いの彼は、利が帽子を外しても表情ひとつ変えず、事情さえ訊かず、快く仕事を引き受けてくれた。  後ろ髪は一部うなじに達するほど切られていた。前田さんは悩んだすえ、前髪とサイドを鎖骨まで長く残して、利の頭をショートボブにした。  横から見ると顎に沿って斜めに持ち上がり、耳が出る。元の形が良いからと嬉しそうに後頭部を丸くカットしてゆくベテランを見て、俺もようやくすこしだけ笑むことができた。 「根元、リタッチしようか?」  生え際は五ミリほど黒い。肩に手を置き、鏡越しに笑顔で顔を覗きこむ前田さんに利は黙っている。前田さんはすこしも焦らない。 「黒くしてください」  ぽつりと呟いた。  俺たちは揃って、え、と訊き返した。  前田さんはわずかに息を吐き、念を押した。 「本当に、いいんだ」  いまだに生気の見えない顔が、ちいさく頷く。  利は鏡を見つめたまま、呟いた。 「黒くしてください。とても、黒く」      *  ドライヤーをあてられ、ブローをされる利をベッドに座って見る。  さらさらの短い髪だ。そして豪華な金色は、漆黒になった。  真逆のイメージだったのにそれは思ったよりもよく似合っていた。彼の白肌には北欧人のような金髪がいいと思っていたが、まさに日本的な美しさといったところか。元々黒髪なのだから当然といえば当然なのだが、とてもしっくりくる。そしてなんとなく、幼くなったような感じもする。  終始目を閉じたままおとなしくしていた利は、ブローが終わると軽さが見てとれるように首を振った。 「んー、なかなか可愛くなったろ」 「ありがとうございます」  満足げに腰に手をあて覗きこむ前田さんに、俺たちは同時に頭を下げた。しかし動きはのろく、硝子玉のような目をした利に前田さんは眉を下げて笑うしかないようだ。  彼を玄関まで見送り、俺たちはもういちど頭を下げた。前田さんは最後まで何も訊かず、俺の腕の包帯にさえ触れなかった。普段は何でも話せる仲なのだ。俺は心から、彼の人柄と仕事へのプライドに感謝した。 「超似合ってんじゃん。よかったな」  並んでベッドに腰掛け、ブローされたばかりの髪をグシャグシャと撫でる。すると利はやっとわずかに唇に笑みを浮かべた。だがそれもすぐに消えて俯いてしまう。
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