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利が顎を上げ、弱々しい顔を見せる。赤くなった目と、真っ白な肌に乗る紫の痣。よくもこんな顔を、傷つけることができる。
「だいじな、顔なのに」
見つめていると、唇に触れられた。思わず噴き出してしまった。同じようなことを考えて、俺の顔を見ていたのか。
自分の顔など大したことじゃない。嫌いでもなければ、好きでもない。利の顔に傷がつくことのほうがはるかに耐えがたい。
笑った俺に利は困惑して眉を寄せている。俺はひとつ息を吐いて、前髪を掻き上げてやった。
「汝緒が、悪かったって」
目が開いた。
何を言っているのかわからないという顔だ。
「汝緒がお前に、悪かったって。伝言」
利の目が泳ぐ。あれほど酷い目にあわせた男の、おそらく唯一の、謝罪だ。
「可哀想な奴らだよな。お前のことめちゃくちゃ好きなのに、素直になれないで」
こつんと額を重ねる。大きく瞬きをする睫毛が瞼をくすぐる。
「お前のこと好きすぎて、お前に酷いことして。ほんとうに、ガキだよな」
両の手で頬を包み、新たな涙を浮かべはじめる眸を覗きこむ。温かい涙が、とめどなく親指を濡らしてゆく。
利は瞼を伏せて、震える唇を開いた。
「だって、ちがう、嫌われて……」
そうでなければ、飲みこめない現実だった。愛されているなど、思えるわけがなかった。哀れなことに、誰も気づいていないのだ。
強すぎる愛は、ときに離反する。
それが世の常識と呼ばれるものに反すれば、新たなねじれも生む。
「お前のこと、ずっと好きだったんだよ」
利は首を振り、唇を噛みしめて嗚咽をこらえる。震える背を抱き寄せて、頭を抱えこんで、静かに言う。
「お前が受け止めてやらないと、あいつら素直になれねえよ」
利に責任はない。汝緒の言うように、俺は利のすべてを知っているわけではない。それでも利がこんな目に遭うような責任などない。彼らのやったことは、赦さない。でも気持ちまでは、裁けない。俺も彼らと同じように、利が好きだから。
「どうしても、嫌いに、なれなくて」
「うん」
「ずっと、一緒にいられると、思ってた」
声を引き攣らせながら、利は懸命にことばを探す。きっと押し殺していた想いが溢れだしている。
「でもわからなくて、怖くて……」
「大丈夫だから。落ち着け」
胸元のシャツを掴む手に力がこもり、震えが激しくなる。俺はなるべく優しい声で、背を撫でる。
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