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警察を呼ぶべきかもしれない。しかしおそらく彼の身に起こったことは人としての自尊心を引き裂かれる耐え難いものだ。大事にはされたくないかもしれない。
だがこのままでは、彼はこれからもずっとあの昏い眸で生きてゆくことになる。いや、生きていられるとは、限らない。この痩せた胸と頬は、明らかに衰弱している。こんなことが続けば、彼はいつか、命さえ失うかもしれない。
血の流れを見る。失血死するような量ではない。幸い今すぐ命に関わるというわけではなさそうだ。
俺は薄く目を伏せた。
これは、彼が助かる好機ではないか。
誰にも知られずに彼が助かる、唯一の好機なのではないか。
だが、赤の他人である自分が、背負う必要があるのか。
逡巡した。どう考えても、面倒事だ。だがここで俺が見過ごせば、彼はどうなる……?
俺は少しの間、考えた。
伏せた目を開く。
「仕方ねえな」
浅くため息を漏らして、男と壁の間に手を入れる。
シャツの前のボタンを閉じ、細い脚にスキニーを通してやる。下着はどこにもなかった。もとから身につけてはいなかったということなのか。異常さに、嫌悪感が増すどころか、冷めきった。
虚脱する肩を抱き寄せて膝の裏を抱える。脇の下に腕を通すと、がくんと顎が上がってちいさな唇がかすかに開き、歯列が見えた。
「男に、これはどうかと思うが……」
意識のない相手への後ろめたさに苦笑いしたが、他に安定した抱え方が思い浮かばず、俺はクラッチバックを彼の腿に乗せてしっかりと男を横抱きにした。
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