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第七章 MON CHERI(17話)
撮影は長袖か、もしくは腕が入らなければ受ける。楽器を使う仕事はすべて延期だ。原稿と向き合って、じっくり取材に答えられるいい機会にもなる。おかげで家仕事が増えてしばらく利の傍にいることができそうだ。
利は一日中ソファに座ってぼうっとしている。そして片時も離れない。いつもべったりくっついているというわけではないが、トイレや風呂以外は扉や壁を隔てることなく、常に一緒の空間にいるといった具合だ。
「飯は」
「――食べたくない」
わかっていても、ちいさく溜息を漏らす。
あれから数日経つ。口数は少なく、呂律もあやしい。食欲もあまりない。当然だが、ショックから抜け出せないのだ。たまに病院で点滴を打たれるようだが、そんなものだけでは倒れるに決まっている。すこし痩せた。
ソファで膝を抱え、こくこくと船をこぎはじめた。すぐに眠くなるようだ。さすがにずっとこの調子だと心配になる。
「寝るならベッドいきな」
俺の声にぼんやりとした目を開けて顔をあげる。
立ちくらみにふらふらしている利の手を取り、リヴィングを出る。あれから俺たちは共に寝るようになった。同性ということを抜きにしても、他人と眠ることなどすこし前からは想像がつかない。改めて考えて、驚く。ここまで人を変えてしまう利には、いったい何があるのか。
ベッドに潜りこむ利の隣に座る。反対の肩が布団で隠れているのを確かめて、壁に凭れて頭を撫でてやる。ゆっくりと睫毛が下ろされる。それを眺めて、寝息が聞こえるのを待つ。
閉じた睫毛に、来たばかりのころの諦念に満ちた顔を思い出す。
衝撃は、暴行もそうだが、どうやら汝緒のことばによるものが大きいようだった。認めたくはないが、暴行はかつて、彼にとっては日常だった。汝緒のことばは、それとは異質の衝撃なのだ。
さらには俺の腕のことも相当なダメージになっている。気にすると叱るから口には出さないが、些細なことでも俺が不自由に見舞われるのを見ると、なんともいえない顔で俯いてしまう。
気になることがある。なにか利は、いつも原因を自分に向けているような気がする。髪を切ったのも、そうだ。彼の感情は、内側へと向く。そう思うと、髪だけで済んだのが奇跡だったのかもしれない。彼の刃は、自らの身に向かっていた可能性がある――。考えて、二の腕のあたりが寒くなった。
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