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考えていると、テーブルの上に見覚えのあるロゴの箱を見つけた。
まさか。手に取って、思わず唇を結ぶ。
さくらんぼだ。
MON CHERIと書いてある。
「利それ食べた?」
耳元で声がして、ぎょっとして振り返る。葵ちゃんがなによと眉を上げる。
「あ、いや」
「やだ、どうしたの」
葵ちゃんはカップを置いて、額に手をあてて自分の額と比べる。
「ちょっと、熱あるの?」
「いや、あの、違う、だいじょうぶだよ」
しどろもどろになってしまうのが嫌だ。慌てて箱を戻し、逃げるように顔を引く。あつい。このまま持っていたら、チョコレートごと薫君のお楽しみも溶けてしまうところだった。――お楽しみ。考えて、頭を抱えたくなった。違う。彼は甘いものが好きだから、そう思っただけだ。
「だいじょうぶなら、いいけど」
心配そうな顔で覗きこまれるのに、何度も頷いてごまかす。馬鹿だ。ちょっと落ち着かなければ。それより、謝るタイミングを、みつけなければ。
どうしようかと考えているうちに、葵ちゃんがラグに座ってチョコレートを一粒取り出した。
「これ、薫が好きでねえ。ちょっと強烈だと思わない?」
で、食べたんだっけ、と呟きながらセロファンを剥がして口に放りこむ。すこし話が変わったことにほっとして、頷きながら隣に座り、紅茶のカップを受け取って口をつける。
「食べたけど、驚いた。でも葵ちゃんは食べられるんだね。すごい」
「べつにすごかないわよ。あたしお酒のチョコ嫌いじゃないからね。でもシロップ漬けのチェリーは、けっこう強烈なのよね」
うんうんと頷いて、箱を覗く。鼻腔になんとなく冷たく甘い馨りが流れてきて、すこしだけくらりとする。でもこれは、外的要因だけではない、と思う。
ああもう。なにを考えてるんだ、ほんとうに。
「食べる?」
慌てて首を振り、両手を出して、いいと叫ぶ。
「ただいま」
肩が跳ねる。驚きに硬直して、それから慌てて立ち上がったが間に合わなかった。リヴィングに入ってきてしまった薫君と向かい合い、見上げる。
「なんだよ」
「や、いやべつに」
混乱していたくせに、意識の残像に、一瞬切れ長の二重の目尻に見入っていたことを見つける。
「おかえり……」
「ただいま」
片眉を上げていた薫君が、ちらりと視線を下げた。さっそく見つけたのだ。
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