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どうして、ただのひとことも。
同性だからか。いけないことだからか。たったひとこと、真実を打ち明けてくれたなら。あんなに傍にいて、どうしてわからなかったのか。自分が信じていた友情なんて、はじめから、なにひとつ正しく見えていなかった。これで裏切られた気持ちでいたなんて、自分はいったい、何を見ていたのか。
忘れられないあの痛み。殴られたのも、身体を開かれたのも、ことばも、すべての痛みは、憎悪から与えられたものだとしか思えなかった。他の感情なんて、何も感じられなかった。だから自分は、彼らを恨むことしか、できなかったのに。
だけど、受け容れることができたのか? あのときに本当の気持ちを知って、自分は受け容れることができたのか……? 男同士なんてありえないとずっと思っていた。憎しみでも男を犯せる汝緒たちがわからないと、ずっと思っていた。だけど自分は、薫君に抱き締められることに、薫君と唇をあわせることに、嫌悪はなかった。性別なんて、関係ないと知った。汝緒たちへの怯えと嫌悪は、どれほど彼らを、傷つけたのだろう。もっと早くに、もっと早くにちゃんと向き合うことができたなら、自分たちは、こんな――。
こみ上げてくる目の奥の痛みに、チョコレートを口に入れた。口を動かして、髪を掻き上げて誤魔化す。だけど指はすぐに抜けて、短い前髪は顔を覆ってはくれない。
甘くない。冷たくて、苦いくらいだ。
誤魔化せない。すべて誤魔化せない。心はどうやっても、誤魔化せない。
――汝緒たちに、逢いたい。
すこしだけ、逢いたい。
いつか話が、できるだろうか。いつか昔のように、話すことができるだろうか。
自分は薫君に救われ、変わった。この髪も、身体も、触れられることへの恐怖も、なにもかも、彼と出逢う前の自分とは、違う。
さようなら。金髪の自分。
何も知らぬままこの世を憎んでいた、ただ死しか想えなかった、あのころの自分に、お別れを。
もっと強くなりたい。生まれ変わりたい。生まれ変わって、強くなりたい。この黒い髪はまだ染めただけにすぎないけれど、いつかすべて新しく生まれる、ほんとうの、黒い髪になるまで。
こんな自分のために涙を流し、血を流しても傍にいてくれる、薫君のために。そして、いつか汝緒たちと、向きあえる日の、ために。
「ねえ、このチョコの名前の意味、知ってる?」
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