第二章 白昼夢 (5話)

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「塩か、醤油か」  ガラスボトルをテーブルの上で滑らせる。利は醤油を差しだしたタイミングで頷いた。 「いただきます」  手を合わせて首を前に倒すのに、安堵の息を漏らす。どうやら正気に見えるし、食欲もあるようだ。  トーストを齧りながら時折テレビに視線を向けている。虚ろで眠そうだが、ちいさな口はのんびりと咀嚼を続けている。  時間をかけて目玉焼きを食べきったところで、利は唇を指先で拭い、呟いた。 「久しぶりに食べた、朝飯……」 「もう昼だけどな」  相変わらず寝惚けたような顔に笑い、フォークで皿を突きながら上目で見る。 「いつも朝飯食わねえの」 「食べてましたけど」  手が止まる。 「最近は食べてない、です」  視線を横へ流し、再びトーストを齧る。  俺は誤魔化して、鼻を吸った。 「そっか。つか、良く寝たな。すっきりしたろ」 「あ、はい、うん。かなり……」  怖々と尻すぼみになる声に笑うと、利もつられるように笑う。 「けど、寝すぎてちょっと、ボケてるかも」 「みたいだな」 「久しぶりに、寝ました」 「そんなに眠れねえのか、いつも」 「――まあ」  俯いた利を見て、またやったと胸中で舌打ちをする。痛々しい泣き顔が蘇る。眠れてるわけ、ねえだろ。 「ほれ。お前さっきからベーコンばっか食ってるだろ。これもやるから目、覚ませ」 「あ、ありがとうございます」  なるべく明るい声で言って利の皿にベーコンを載せてやる。  久しぶりの朝食に久しぶりの睡眠。普通の会話が地雷になりかねない。今こうして何気なく向かい合って食事をしているが、彼にとっては、こんなことが非日常なのだ。  想像すら追いつかないような世界で、この男は、何を思って、生きていたのか。  俺には彼の生活に踏み込み、否定する権利はないだろう。傍迷惑なことなのかもしれない。しかしやはり、もう元の生活には帰ってほしくない。これが普通の人の暮らしであると、目を覚ましてほしい。
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