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広い箱の奥で先客が小さな悲鳴を上げた。
先客は三人の女だ。紅い髪の女は目を丸くして口元を押さえ、肩で切りそろえた黒髪に蒼いメッシュの女は呆然と立ちすくみ、そして銀の短髪の女は、唇を痙攣させたように震わせている。
どうすべきかと一瞬悩んだが、すでに足を踏み出してしまっていた手前、俺たちはとりあえず何食わぬ顔をして箱に乗り込んで、ドアを向いた。
――やべえな。
――ああ。
正面を向いたまま唇だけを動かし、苦笑いを零すのを互いに盗み見る。彼女たちの髪型は、俺と葵、そして晧そのままだ。スタッフの目を盗んで関係者エリアに入ってきたのだろう。
「あ、あの、薫さんと、晧さんですか!」
背中越しにあからさまな緊張が伝わってくる。振り返ると、声をかけてきたのは葵ファンと思しき黒髪の女だった。
突然横にいた紅い髪の女が膝を折った。
「おい!」
思わず足を出して腕を掴んだが、ほんのつかの間至近距離で見つめ合うと、彼女は大きく目を開き、それから気を失ってしまった。
残りの二人が「カオ!」と叫ぶ。名前までそっくりだ。
二人は混乱しきって女の肩を叩いている。俺は倒れた彼女の肩を抱きかかえると、再び湧いてきた苦い笑いで皓を見上げた。
皓が肩を竦める。
「とりあえず、無難に救護室」
三人を救護室へと送り、こんどは先客がいないことを確かめて再びエレベーターに乗り込んだ。
壁に背を凭れ、息を吐く。
「えらい目に遭ったな」
「お前が悪いんだろ、あの子に寄ってくから」
「悪かったね。しょうがねえだろ」
皓がボタンを押して扉が閉まる。
「フェミニズムもほどほどにな」
言われて苦く笑う。エレベーターが上昇を始めた。
「――しかし、葵だけがいなくて、彼女かわいそうだったな」
呟くと、晧も複雑な笑みを浮かべた。黒髪の女は移動中、そして救護室についてからも赤毛の女と銀髪の女の頭を繰り返し撫でて泣いていた。
葵がいたなら、きっと彼女の頭は彼が撫でていたのだろう。俺がそんなことを言うと、晧は葵を救護室送りにすればいいと呟いて笑った。
最上階のラウンジには洋食の店が入っている。俺は食事を済ませると柔らかい椅子に深く座り、コーヒーを啜りながら窓の外を眺めた。
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