序章(1話)

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 ただ、自信がないというわけではない。  ヴィジュアル系ということばの価値が大幅に下がってどれくらいになるだろうか。俗っぽいものに陥ってしまったそれは、俺たちのようなバンドマンにとってときに蔑称の意味でも使われる。化粧だけで腕はない。どうせ見かけの似非ミュージシャン。幸い俺たちは、そういう意味でそう呼ばれることも少なくなってきた。なぜなら俺たちの実際の活動は、バンドとしてよりもスタジオミュージシャンや有名歌手のバックバンドを務めることが多いからだ。つまり、技術で食っている。下手でできる仕事ではない。  もとはLSDもしっかりとバンドらしい活動をしていた。今、LSDにヴォーカルはいない。ヴォーカルのレイナは、二年半前に事故で他界した。  彼女がいなくなり、俺たちは活動を今の形へと向けはじめた。今日までフロント不在のまま、多少無理を押しながらバンドを継続させてきた。  当然新しいヴォーカルを入れるという話が出ないわけではなかった。これまでのようには活動ができないのだ。金の廻りも変わってくる。事務所やレコード会社も新しいヴォーカルを入れるようにと言い続けたが、俺たちはそれを受け入れず、誰より俺が頑なに拒否をした。仕事があるからいいようなものだが、本来ならとっくに首を切られていたかもしれない。  今回は番組の企画で、久しぶりにバックバンドではなくLSDとして出演するように依頼が来た。初めは拒んでいたのだが、事務所にしつこく説得をされてようやく頷いた。  ヴォーカルパートは、よく飲みに連れていってもらう顔なじみの先輩のマリさんが歌う。彼女の独特の掠れ声は、まさに絵に描いたようなジャズシンガーといった感じで一度聞くと忘れられない。俺は彼女ならと承諾し、今回の出演依頼を受けた。前のヴォーカルとまったく質の違う声であるということも、承諾した理由だった。
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