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第一章 出会う(2話)
バンドという一体感に、俺は久々に生きた心地のようなものを感じていた。自分たちの曲をライヴ以外で演奏するのはしばらくぶりだ。それに今となってはライヴそのものが稀で、やるにしても演奏片手にメンバー交代でヴォーカルをとる。フロントがいて、俺たちがいる。そういうLSDは、あれから一度もない。
演奏の間、俺はマリさんの背中を見ていた。彼女の背中は広くて頼りがいがあった。何でも受け止めてくれるような、そんな力強さだ。だから俺たちは安心して彼女に曲を預け、身を委ねることができた。
俺の知っている背中とは違う、背中。
俺の知っている背中は、儚く細く頼りなく、今にも崩れそうで、それなのにすべてを包み込むような、不思議な強さがあった。
照明が上を向く。焼かれるような眩しさに目を細める。
ファンの悲鳴を背中に浴びて、楽屋へと帰ってゆく。昔なら隣にレイナがいて、お疲れと笑っていたのだろう。今さらなのに、やけに静かな日だった。
「薫、待って」
喫煙所のソファから立ち上がるとエレベーターから降りてきた葵が俺の腕を取った。甘えた声は柔らかく落ち着いている。俺はいつものように緩く腕を組まれたまま、楽屋へと廊下を歩き出した。
ふと、向かいから歩いてくる人の気配に顔を上げる。髪の長い二人組だ。その身長差で男女かと思ったのだが、女と思ったほうの骨ばった身体はよく見ればそれとは違う気がした。
俺は内心、わずかに驚いた。
男だ。男は金髪を腰のあたりまで流し、隣を歩く橙色の髪の男に腰を抱かれている。肌は青白く、切れ長の眸が床を見ている。小さな鼻と口はまるで作り物のようで生気を感じさせない。容姿は派手だが、きっとおとなしい性格だ。
俯き気味に隣を歩く橙色の男は、静かに威圧的で、誰をも近寄らせない空気を纏っている。顔は長い前髪に隠されてほとんど見えない。
ふいに葵の足が止まった。俺は金髪の男の鎖骨に目が行った。赤黒い痕跡がいくつか散らばっている。艶のない不健康そうな肌の上に、その痕跡がやけに目立っていた。
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