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第一章 出会う(3話)
ドアの隙間に顔を入れると、黒いリネンの中に金髪と白い顔が浮かび上がった。
電気を点けて、部屋に入る。
「おはよう」
眠り続ける顔を覗きこみ、声をかけてみる。頭の脇に手をつくとベッドが揺れて、そのわずかな揺れに枕から金髪がこぼれ落ちた。
男がうっすらと目を開く。睫毛を重たそうに押し上げ、瞼がゆっくりと開かれてゆく。
俺は屈めていた腰を伸ばし、男を見下ろした。
「生きてんか」
男はとろとろと瞬き、こちらに黒眼を向けた。そしてまた緩やかな瞬きを続ける。なんとなく口の端が上がってしまった。数時間前の衝撃的な姿とは結びつかない、平和な姿だ。
「あんまりにも起きねえから、マジで死んじまったかと思った」
肩を竦めて小さく息を吐く。目覚めてくれたからこそこんな軽口もたたけるというものだ。連れて帰ってきて二時間は経っている。壁の時計は深夜の三時だ。いつから気を失っていたかわからないが、あれから彼は一度も目覚めていない。担いで移動したにも関わらず、ぴくりともしなかった。
「まだ眠いか」
男は訊いても反応をせず、俺を見ている。寝惚けているのかもしれない。
「ちょっと待ってろ」
眠気覚ましにコーヒーでも淹れてやろうと踵を返す。
「かおる、さん」
ふいに名前を呼ばれ、振り返る。
「薫さん?」
透けるようなちいさな声だが、確かに俺の名を呟いている。ゆっくりと身体を起こして目を擦りながらこちらを見る彼に、自分の職業と出会った場所を思い出した。
「ああ、知ってんだ。俺のこと」
「――バンドやってて、知らないほうが珍しいと……」
どう見ても、彼と隣にいた男は同業者だった。俺は頷いて、とりあえずコーヒーを淹れるためにドアを出た。
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