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 この国には「闇」がある。  それを手にすると、なんでも願いが叶うのだという、不思議な力が。誰も見たことも触れたこともない。  しかし、それは確かに存在するのだ。 「またね~」  黒髪の少年は、意味ありげな笑みで客を見送った。扉につけられた鈴が、重たく鳴る。  薄暗い部屋に、丸テーブルとふかりとした椅子が二脚。天井の一部には、細長く色ガラスが埋め込まれていて、床に、ゆらゆらと光が遊んでいた。  テーブルの上に置かれた丸い水晶の板が、まわりの飾りと相まって、独特の雰囲気を醸し出していた。 「また来るな、あのヒト」  独りごちて、少年は、後ろの棚に置いているコーヒーメーカーから、カップに一杯注いだ。  ここでは、魔術を使った占いで、捜し物の情報提供をしていた。物理的なものから、精神的なものまで。先ほどの客が探していたのは、告白が成功する場所だった。  ここは、表の通りから少し奥に入ったところにあり、特に看板もない。路地に面した壁に、四角い窓と木の扉が一つずつ。扉には20センチ四方の覗き窓があるが、小さなカーテンがかけられていて、中を見ることはできない。店を表すものは、そこにある「Open」の文字が書かれた白い木札だけ。木札の端には、「闇の在処についてはお答えいたしません」という注意書きがある。   元の通りに椅子に座り直し、少年は、コーヒーを飲んで小さく息をついた。 「その辺の占い師に聞けばいいのに……」  言い様によっては、なんでも捜すものの、少年はうんざりしていた。人との関わりが苦手な彼にとって、お金を払って必死になってまで求める人、というものが、理解できなかった。  カップを口に運びかけて、少年は、誰か来る気配を感じて扉へ視線を向けた。  直後、スッと扉が開き、少しばかり重たい鈴の音が響いた。 「いらっしゃい」 「どーも」  捜し物をしているとは思えないほど、明るい表情をした男だった。  こちらに歩み寄ってくる男の茶色い髪が、天井からの光を浴びて、キラキラと光っている。 「何でも探してくれるの?」  椅子に座りながら、男は尋ねた。 「見つけるのは自分でやってくれる?ここでやってんのは、情報提供」 「名前は?」 「は?」  質問の意図が分からず、少年は、訝しげに彼を見た。 「だから、あんたの名前。教えてよ。あ、俺の名前は、(かえで)」 「僕の名前が、君の捜し物?」  呆れたような顔をして、少年は、男・楓を見た。
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