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怖がらせてしまった。 焦りながら僕は怪しい人じゃないと説明したくて。逃げられるのが何故かいやで。 その肉付きのいい腕を掴んでしまった。 表情を見なくても怯えられてるのが分かる。 「あ、えっと、こんな時間に何してるのかな?」 咎めるつもりはない。でも、質問がまずかった。 「ご、ごめんなさい」 また、謝る彼女にどう声をかけたらいいか分からなくなる。 このまま、去ってもいいのだがそれが出来なかったのは、きっと、ちらりと見えた腕に残る無数の線。 ああ、病んでいるのか そんなことを思いつつ僕は言葉を選ぶ。 「君、高校生だよね? 時間も時間だし、危ないよ?」 当たり障りのない言葉に彼女はうつむく。 そんな彼女の動揺にも内心困っていたし、一番は僕自身が誰かに積極的に関わることなどなかったのでそこも驚いていた。 「ごめんなさい。か、帰ります!!!」 荷物をまとめて彼女は逃げるように立ち去ろうとする。僕はどうしても引き止めたくて彼女に告げる。 「つ、月、綺麗だね」 その言葉に彼女は立ち止まった。先程まで出ていた月はもう既に雲に隠れ朧月のよう。僕は、バツが悪そうな顔になっているだろう。その証拠に彼女は恐る恐るだがこちらを振り向いてくれた。 「さ、さっきまでは綺麗だったんだ。すごく綺麗な満月で……」 醜い言い訳と思いつつ僕はしどろもどろに言葉を続けた。 「知ってます。私もさっきまで同じ月を見ていましたから」 彼女が僕の方を向いて話してくれた時、なぜか安堵した。 僕は自分が怪しいものではないことをなんとか説明した。彼女は拙い説明でも真面目に聞いてくれて終いにはまた、ここに聞いてて欲しいと言われた。警戒心丸出しだったのがすごい変わりようで今度は僕が戸惑う番だった。 彼女はそんな僕の態度を見て拒絶されたと思ったのだろう。目を伏せて小さな声でやっぱり忘れてくださいと呟いた。僕は慌てて謝罪をして、自分でよければ話し相手になると告げる。 その言葉に彼女は初めて小さく笑んだ。 「ありがとうございます」 その笑顔に僕はなぜか昔見た海月を思い出す。 「また、明日も来てくださいね。同じ時間で待ってます」 彼女はそう言うと今度こそ振り返らずに歩き出した。 その後ろ姿を見送ってから僕も駅の方へ歩み出す。 気怠げなカラスが夜が明けたと伝えるようにか細く啼いた。
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