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「全部壊しちゃいなよ。そうすれば楽になれるよ」
いつの日のことだったかな。君は僕にそう言ったよね。こんなに苦しくて馬鹿げた思いをするくらいなら、大切なものを全て壊してしまえって。そうしたらきっと、何が大切だったのかさえ分からなくなってしまうよって。
君は無邪気に笑ってそう告げた。
「……阿呆らしいなぁ。壊しちゃえば終わるのに。君が君でなくなって、君と他人との境界線がなくなれば、もう何も怖くないよ。だって君は、何処にもいなくなるんだから」
嫌だよ、怖いよ、壊さないで。僕の世界を壊さないでよ。心をかき乱さないで。
「僕はまだ、僕を捨てたくない」
「…あー、めんどくさ」と君が言う。僕は震えながら消失しそうな自我を保って、涙を必死に堪える。
僕等の世界が諍いに塗れているが故の罪業を、一体いつまで背負い続けなければならないのだろう。人間は争いを好み、何が絶対的な頂点であるかも分からないのに、その頂点を目指し続ける。
それは、同じ人間と、自然とを超越しようとしたが故のことだ。そしていつしか、人間は大切なものとそうではないものの見分けがつけられなくなった。
僕等は戦争を始める。大好きだった人達のことを傷つける。あるかも分からない理想に夢を馳せて、毎日毎日戦いを続ける。そこにあるのは、失意と涙だけだ。
悲しい、って何だったっけ?
嬉しい、って何だったっけ?
楽しいって……なんだろう?
分からないの。苦しいんだ。虚しいんだ。
だって、おかしいよ。大切だった筈の「君」を殺さなければならないなんて。それに疑問を感じないなんて。
戦禍の最中、尊い君の存在だけが僕の救いだった。 考えることをやめろ、と言われている僕にとっては、過去から現在、未来へと繋がる唯一無二の君の笑顔だけが喜びであり生きる理由だった。
世界は、君の笑顔さえも奪うというのか?
常識が逆転した世界。人を殺めても罰せられないおかしな空間で、僕はなお希望に縋り続けた。
縋りは退廃であり、恍惚としている。戦争が終わり、人間が自身の過ちに気がつき、そうすればきっと。また豊かで美しい世界が訪れるのだろうと、僕は信じていた。
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