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「見て、見て! うまく書けたでしょう?」
幼い頃、僕は得意げに自分が描いた絵を差し出した。
「あちゃぁ! これは……悟、見えちゃったんだぁ」
その女性は困ったような顔をして僕に微笑んだ。明るい調子だったが、その目は悲しみの色を帯びていた。
「しょうちゃん。ほら、前に説明した例のアレよ、アレ。悟が開花しちゃったみたいなの」
「えっ、もう? こんなに早い時期に?」
しょうちゃんと声を掛けられた男性も、つられるように困ったような顔をした。
「わかってはいたけれど、こんなに早いなんてね……ごめんね。結婚して、子供ができて、仕事だって順調で、これからっていう時だったのに……」
「ごめんだなんて……さゆり、お前のせいじゃないよ。俺だってそれを承知で結婚したんだから」
「でも、私の家系だもの。私が悪いんだよ。だって、絶対に避けられないんだよ。この子は誰も助けることができないんだから」
「それも承知していたさ。だから、さゆりのお母さんも亡くなったんだろう?」
「そう。父さんが夢を見て、母さんの死を予言できたのに、助けることはできなかった。ううん、助けちゃ駄目だから、助けなか った、助けられなかったのよ。それは掟に反する行為だから」
「だから、そのせいでお父さんは……」
「愛する母さんを救えなかった自分を責めて、とうとう壊れちゃった。
それに、母さんの鎮魂のために書いた作品が、法外な高値で売買されたから、余計に……」
「あの書は今でも天才書家の遺作として、収集家の間では伝説となっているからね。庶民の僕らにはとても手が出ないような金額だと、噂で聞いたことがあるよ」
「父さんの書いた作品には、本当は値段なんかつけられないのにね。それも父さんが壊れちゃった要因のひとつなのよ。だから、そんな目にこの子が遭うのを、どうしても避けたかったのよ」
「……でも、そうなる運命だったのかもしれないよ」
「そうね。避けられない運命だったのかも。でも……」
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