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この女性が言っている意味がよく理解できなかった。だが、久しぶりに会話が続いた気持ちの高ぶりを抑えきれず、つい引き受けてしまった。
「えっとぉ……今よりもだいぶ短くなりますが、よろしいですか? 私のセンスっていうか、お話した通り練習のために切るんですけど……本当に大丈夫ですかぁ?」
「……美容院って髪の毛を切るための場所だったんですね」「へっ? あ、あのぉ……今、なんか妙なことを言いませんでした?」
「えっ? 何かおかしなことを言いました?」
「まさか……お客さん。もしかして、美容院とか理髪店に来るの、初めてなんですか?」
「あ、え、は、はい……」
「嘘ぉ! でも、それならいつもどこで散髪されるんですか?」
「あの、それはいつも自宅に来てもらっています。小さな頃からずっと、知り合いの理髪師さんが……」
「ご、ご自宅で散髪しているんですか?」
「ええ、いつもそうです。それって何かおかしいですか?」
「ええ、まぁ、すごく珍しいかもしれません」
ついこの間まで、圭一朗は自宅から一歩も出たことがなかった。だから、他人から見ればおかしな事ばかりなのかもしれない。世の中はちっぽけな彼を置きざりにして、毎日のように流れているのだから。
「もし時間があるようなら、カットのついでにカラーも入れちゃって良いですか?」
「か、カラー? それって何ですか?」
「カラーも知らないんですか? もうぉ、お客さんってば、いい加減にからかうのはやめて下さいよぉ」
無防備だった圭一朗は誰かが自分に狙いを定めているとは、この時はまだ知る由もなかった。
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