スワンの涙

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 今の圭一朗にとって、これが一番耳の痛い話だった。万里子は常に世間の常識を教えてくれる、貴重な存在でもあった。 「引きこもりのニートか……その上、僕は学歴も高卒だし、社会では何の役にも立たない存在だね」  二十年前、宗之介が圭一郎の将来を慮って経営難に陥っていた学校法人を買収し、小学校から高校までの一貫教育の場を設けた。しかも、圭一朗のためにホームスクーリング(在宅教育)が可能な状況を作り、高校には通信制課程まで導入したのだ。 「だから、私が圭ちゃんにもできそうな役目を提案しているんじゃない」  なんと万里子は菅原に丸め込まれている八坂を解任して、圭一朗が理事長として間宮総合病院に目を光らせて欲しいと申し出たのだ。 「ぼ、僕が間宮総合病院の理事長? む、無理だよ、万里子ちゃん。僕は病院の経営なんて、何一つ知らないんだよ」 「大丈夫。今の時代は病院経営も専門のコンサルタントがいるのよ。評判の良い外部のコンサルタント会社から指南を受ければ、間宮総合病院だって改善されるはずだもの」  私が言うからには間違いないとばかりに、万里子が得意げに微笑んだ。 「僕が独断で動くことはできないから、俊輔おじさんに聞いてみるよ」 「どうかお願い、この通り頼んだわよ」  突拍子もない万里子の願いに、渋々だが圭一朗は折れてしまった。しかし、今回ばかりは見逃すことはできそうもない。それに唯一の友人のたっての願いだ。圭一朗は万里子のためにも一肌脱ぐ覚悟を決めたのだった。
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