序章

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序章

    いたみうけ(痛み受け)とは―― 元来は物事の吉凶を占ったり、予兆を判断したりする役目を担う者を指していた。ところが、いつしか人の死期を見抜く、特殊な能力を持つ者が現れた。そして、その能力を使い自ら死に逝く者を看取り、あの世へ導くようになっていった。  地域によっては《夢告げ》、《死に告げ》、《誘い人》とも呼ばれている。能力を受け継がれた一族の第一子が、より強い力を持つともいわれている。  ある村では年の初めにいたみうけを呼び寄せ、その年に死する者がいると告げられた場合には、村中で見送る準備をしていたともいわれている。  いたみうけ本来の仕事は、酷に人の死を告げることではない。死に逝く瞬間に安らぎが得られるよう、心を癒すことが主な目的にある。無事にあの世に召されるよう魂を落ち着かせ、死に対する不安を全て取り除くのがいたみうけ最大の役目である。  しかし、死者の痛みを負い続ける行為には危険が伴う。いたみうけへの負担が大き過ぎるからだ。 そのため、いたみうけは絵画や書をしたためたり、または歌を詠んだり舞を披露することで、自身の心の平安を保っていたという。  請け負う痛みが多ければ多いほど、大きければ大きいほど、いたみうけは優れた才能を開花させ、 芸術家として後世に名を残すような人物も出たほどだ。  日本古来の役目だったにも関わらず、いたみうけの存在を知る物は少ない。何時の時代にも己の死を受け入れられない輩が、後を 絶たなかったからだ。それ故、死を宣告したいたみうけが命を落とす危険もあり、その存在自体を表沙汰にしないようになったという。  そして、今現在も一部の地域では、いたみうけが存在しているとの噂がある。だが、実際には噂の域を出ていないのであった。
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