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「そいえば聞いた?」
昼食の後、喫煙スペースで和樹が唐突に言った。
「何を。」
「うちの会社が合併するかもしんないっていう噂。」
彼は愛用している銘柄の煙草のボックスを軽く振って器用に2本だけ出し、その長く出てきた方の茶色いフィルターをそのまま口に持っていった。
どうでもよさげに軽く言ったセリフに、俺は少しだけ目を見開いた。
「それ、買収ってこと?うちの会社買われたのか?」
「そこまではまだ。」
ライターで火をつけ、最初の一口をふー、と吐いた和樹は宙を仰ぐ。
「ただの噂だけど、正直最近うちの経営厳しいみたいだし、有り得ない話ではないよな。それに最近幹部の人間がなんか忙しそうにしてるみたいだし。」
信憑性はあるかも、と付け足して、缶コーヒーのプルタブを右手の指だけでプシュッと開ける。
やっぱ器用だな、なんて思いながら俺もブラックコーヒーを缶を開けた。
くいっと煽ると、苦味が鼻孔を刺激した。
確かに経営は厳しいらしい。
大手チェーン店をいくつも扱っているこの会社は、業界内ではトップクラスで、世間にも名前が知られてはいるが、どうも最近は調子が良くない。
その話はここ数年で何度も聞こえてきた。
だが、そこまでとは。
「そのうち新しい社長様が来るらしいってよ。そのついでに上の人間も総取っ替え。」
親指と中指で挟んだ煙草を人差し指でとんと叩いて灰を落とし、またその形の良い唇に持っていく。
その静かな指先の動きを目で追いながら俺もやっと自分の煙草を唇で挟んだ。
自然な動きで伸びてきた手に、咥えたそれの先を持っていく。
和樹が火をつけてくれている一瞬のうちに、ふとその奥の入口に視線を向けると、デスクに戻りながら雑談をしていたらしい女2人組がこちらをチラチラ見ながら何やら話していた。
通路に面した側がすべて硝子で作られているこのスペースは、外からは無駄に良く見える。
きゃっきゃと楽しそうにこちらを見ながら噂する顔にちらっとだけ目を向けると、何がそんなに楽しいのか、2人はさらに頬を緩ませて顔を見合わせた。
外から中がよく見えるように、こちらからも全部見えてるということを理解しているのかしていないのか分からないが、
とりあえず、うざい。
今日何度目かの苛立ちを体内から出すように、煙を思い切り遠くまで飛ばした。
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