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「たまたまさ。あれもけっこううまいもんだ。米は甘いべさ。塩が加われば、余計に甘さが身に滲みる。けれど、二度とそんなふうには食べたくないな。」
わたしがコップを口に運ぶと、妙子さんはしんみりした口調で、
「わたし、あなたのおかあさんに似ていますか。」
と、わたしに尋ねた。
わたしはどこか満ち足りた心地になっていた。
「そっくりだ。」
わたしがいうと、妙子さんのうつむく顔、頬が紅く染まっていった。
(桜子、わたしの桜子)
おもわず妙子さんを抱きしめてみたくなった。
(どんな顔をするだろう)
すると妙子さんはもじもじしながらもはっきりといった。
「その本、わたしにくださいね、かならず。」
返す言葉はなかった。
その年の円山の桜は遅咲きであった。
了
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