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1.オカン
この日の朝、僕は学校には行く気になれなくて、ベッドからなかなか這い出せないでいた。
できることならこのまま眠っていたいけど、前日の夕方からずっとベッドでゴロゴロと過ごしたことで、十分過ぎるほどの睡眠もとっていたし、何よりお腹がペコペコで、何か食べ物を探しに隣のキッチンに足を延ばさずにはいられなかった。
ゆっくりと上体を起こし、感覚が鈍った下肢を壁とは逆方向にずらして膝下を床に下ろした。
思いきって尻と膝とつま先に力を込めると同時に、手のひらで膝をグイっと押し、上体が浮き上がる反動を利用して立ちあがると、刹那、フッと目の前が暗くなり、カクンと膝が落ちてバランスを崩した。
血の気が引いた感覚を覚えたものの、これをどうにか踏ん張ると、瞼を閉じて頭を前後左右に揺さぶって最後にぐるりと首を回した。
再び瞼を開いた僕の目の前には、いつもの部屋のいつもの景色が広がっていた。
六畳ないくらいの板の間で、古さを感じさせる褐色懸ったパイン材の机と、同じくパイン材のベッドと、ガキの頃から使っていて以前は白かった洋服ダンス、それに中学に入学した頃に買ってもらったハンガーラックが置いてあった。
寝過ぎたかなと思いつつ、ゆっくりと目の前の引き戸まで歩みを進めて、レアル・マドリードのユニフォームに身を包んだクリスティアーノ・ロナウドのポスターが貼られた扉を左に滑らせた。
足を踏み出したところはリビングで、僕の部屋とは引き戸一枚で仕切られていた。
リビングはいつも整然と片付いていて、忙しい仕事の合間にも掃除を欠かさないオカンはエライと子どもながらに感心した。
リビングと続きになったキッチンまではたいして広くもなくすぐに見渡せるものの、そこにオカンの姿はない。
旧式で少し黄ばんでいる冷蔵庫のコンプレッサーの音だけが室内に響いていた。
冷蔵庫のドアには、子どもの頃に三つ上のアネキと僕が無造作に貼りまくった昔流行(はや)ったアニメキャラのシールが所狭しと並んでいて、その一部は半端に剥がされ、表面の素材から取り残された粘着素材の紙部分が煤黒く汚れて未だにしつこく張り付いている。
キレイ好きなオカンも、何故かこの冷蔵庫のドアの掃除はサボっているようだ。
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