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「アカン、完全に無防備やったわ。朝勃(あさだ)ちしとんの忘れとったわ・・・」
そう言いながら、左手に持ったマグカップを一旦テーブルに置き、牛乳パックの注ぎ口を左手親指と人差し指で真ん中を押し出すように両端から力を加えてパコっと開けた。
脂肪分3.6%の牛乳が子供の頃から好きで、マグカップへ並々と注ぐと、ゴクゴクと一気に飲み干した。そして続けざまにもう一杯。
さっきオカンがぶら下げて来た買い物袋の中に好物のカレーパンを目ざとく見つけると、すぐに袋を開けてかぶりついた。
「うっま!」
カレーパンを牛乳で胃の中に流し込むように、カレーパンと牛乳を交互に口の中に放り込んだ。
あっという間に三個のカレーパンと牛乳一パックを完食。
「うーん、いつもながらカレーの辛みを牛乳でブレンドするまろやかさ加減が絶妙(ぜつみょう)やわ」
僕は、オカンが勤める病院とこのアパートの間にあるパン屋のカレーパンが大好きで、オカンは昔から仕事帰りにちょくちょく買って来てくれた。
オカンが勤める病院はこのアパートから見えるところにあり、オカンは昼も夜も病院までは自転車で通っている。
行きはずっと下りで五分かからずに着くのに、帰りはずっと上り坂で、ところどころ勾配のキツイ坂もあって自転車を降りて押して帰ってくる。
オカンは看護主任という立場で救急外来を担当していて、詳しくは知らないけれど、患者さんのお世話をするだけじゃなく、後輩の指導もしないといけないらしい。
ドクターや若い看護師との間で板挟みになっていて、最近は結構疲れて帰ってくることが多くなった。
オカンは九年前に親父と別れてから、女手ひとつで僕を育ててくれている。三つ上の姉は親父と暮らしていて、姉弟は離ればなれの生活を送っていた。
離婚の原因については深くは教えてもらっていないが、両方に責任があると聞いている。だから僕ら姉弟は離れ離れで暮らす羽目になった。
大人はズルい。
自分たちに都合の悪いことは全部隠しているくせに、僕らに対しては自分たちの非社会的行為を棚に上げて、いかにももっともらしい言葉を並べ立てる。
さっきの学校に行けという言葉も然)りだ。
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