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「君を描いて、もしかして賞がもらえたら、君にも観てもらえるんじゃないかって思ってたんだ。……そしたら今日こうやって、君が来てくれた……」
離れ離れだった時間を埋めるように、健人の眼差しが和香子を包み込んでくれる。
和香子は気持ちを落ち着けて、健人と一緒にもう一度あの絵を観に戻った。
絵の中の和香子は、慈愛に満ちた笑みを湛えて、その絵を観る者を逆に見つめてくれている。健人はその絵を『女神』と名付けていた。
「私…こんなに綺麗じゃないのに……」
ポツリと出て来た和香子の言葉に、健人が応える。
「僕の目には、君はこんなふうに見えてるんだ。でも、僕がどんな絵を描いても、本物の君にはかなわないな」
いつものように『愛してるよ』と言ってくれなくても、この絵を通して健人の想いが伝わってくる。
こんなにも愛してくれる人は、もう二度と現れてはくれない。この人の手を、もう二度と離してはいけない。
和香子はそっと健人と手をつなぐと、絵を見つめながら囁いた。
「ねえ、健人?……結婚、しようか」
さすがに健人も驚いて、目を丸くしてじっと和香子を見つめる。けれども、すぐにその眼差しを穏やかに和ませ、『またね』とは言わなかった。
[ 完 ]
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