358人が本棚に入れています
本棚に追加
十年間一緒にいた人に別れを告げたというのに、和香子は比較的落ち着いていた。涙だって、一粒も零れてこない。
いつもと同じように一日が始まり、いつもと同じように授業をこなしていく。時には生徒を叱り、授業が終わると生徒たちとおしゃべりをして笑い合っている自分がいる。
――あそこまで言っても、きっと健人は今まで通り……。
確証はなかったけど、和香子は心のどこかでそんなふうに信じ込んでいた。同じようなことが今までにもあったけれど、健人は突きつけられる肝心な問題をするりと躱して、ある意味しなやかに生きてきていた。
何を考えているのか分からない……。それが健人の健人たる所以で、健人の魅力の一つでもあった。
だから、きっと健人は今回もそうやってすり抜けてしまうだろうと思っていた。
和香子がマンションに帰ってくると、部屋の中は暗いまま、ひっそりと静まり返っていた。ソファーの上には、健人の脱ぎ捨てられたシャツ……。
最初のコメントを投稿しよう!