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公共交通機関は全て終わり、ススキノはタクシー待ちの列が砂糖を目指す蟻のように連なっていた。とりあえずタクシーを探すうちに大通り公園が近くなり、これならもう歩いて帰ろうと腹をくくり、それでもこの夏らしい夜をまだ堪能したくなり、コンビニで缶チューハイを買ってテレビ塔を見上げられるベンチに座った。
そのとき、背もたれのさらに後ろから物音がして慌てて立ち上がり、ベンチの影に目を凝らした。
そう、そこに彼女がいたんだ。
「あ、ごめんらさい。おとろかせちゃいましたか?」
「いや、大丈夫だけど。何をしているんですか?」
「落とし物」
「探しましょうか?」
「あー、助かるんれすけどぉ、大丈夫れす、あた、大丈夫です」
彼女は少し呂律が回らないようだった。いや、かなりか。
「でも…そこでガサゴソされても落ち着かないので」
彼女は植栽の土が素足に付いても気にしていなかった。右膝を付いて、まるで土に隠した餌を探す狐のようだった。
僕は缶チューハイのタブを開けて一口飲んだ。
テレビ塔の時刻表示も歪んで見えていた。
うん。結構飲んだみたいだ。
「あのぉー。んで、何を落としたの?」
彼女は少しだけ静止してから答えた。
「えっとー。にられば!」
「にられば!?」
「!?違うー。あれれす。ちーかま」
うん。彼女は"完全に酔っぱらってる"。僕はそう判断した。
「ちーかま?」と聞いたけど逆に「ちーかまですか!?」と聞き返された。
「いや、僕が聞いてるんだけど」
「きゃっはっはっ!ですよねぇー」
僕はその時、本当に「きゃっはっは」と笑う人に遭遇したことに感動していた。
感動は時として、人を心の動きという単純な理由で、他の心情と混同することがある。
スキーバスでスキー場に移動している時にトンネルを抜けたら一面の銀世界で感動をし、その時横に座っていた異性に恋をしたと錯覚したのと同じなんだろうね。うん、たぶんね。
といっても別に彼女に恋をした訳じゃない。 こんな状況なんだから。
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