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また縁石の上を、ひらひらと歩きながら、トキは夜空を見あげる。
「そりゃ、わかんなくもないけどな。 おじさんが言ってる話も。 何となく」
赤茶色の髪が、夜風に吹かれ心地よさそうに揺れた。
私はそんなのをぼんやりと眺め、ほんの少しの幸福を感じる。
「ほら自分の中で信じてることが、視点を変えて見たら、完全に嘘っぱちだった……なんてのも良くある話じゃね?」
「全く意味がわかんない」
いつものことだけど。 あきれながら思っていた。
だけど、こんな夜にトキがそばにいてくれることの意味はわかる。
その重要性は、痛いほどわかってる。
あの日ママが涙ながらに語っていた話。
ずっとずっと好きで、想い続けてたの。 そう言っていた。
だけどパパにだって人生があって、そして大切に思える人がいたんだろう。
そんなことを知った、こんな夜に一人でいるのは、きっと寂しい。
誰かと想いを共有できないのは、すごく切ない。
「だから、自分が思い込んでる真実も、見つめてる現実も、他人の目には全然違く映ってたりするのかもな……とか」
ぶつぶつ言ってたトキが立ち止まって、突然くるり。 振り返って笑う。
腰を折り曲げ、私の顔をのぞき込むような格好で。
「ウン、やっぱそうだ。 オレもお前も、自分の境遇が不幸だとか考えてたりするけど、よその奴にとっちゃ案外けっこう、幸せそうに見えてたりすんだよ。 な?」
前髪の隙間から覗く、上目づかいのトキの瞳。
生まれて以来、ずっと至近距離にあって、もう見慣れすぎた、こげ茶色のそれ。
だから見とれたりするわけない。 まさか。
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