じいちゃんの遺した小さなミステリー

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じいちゃんの遺した小さなミステリー

 じいちゃんが死んだ。  百歳の大往生だ。  絵に描いたような、ぽっくりパターン。  前の晩なんか、三人で飲んで、ふつうにテレビでダイハード見てたのに。  朝になって起こしにいくと、体が冷たい。脈がない。やすらかな死に顔だ。眠ったまま逝かれたようですねと、お医者さんは言った。  そのあとのことは、よくおぼえてない。  僕がぼんやりしてるうちに、兄の猛が何から何まで、やってくれた。  火葬場で猛が言ったことだけは、やけにハッキリおぼえてる。 「薫。このボタン押すと、じいちゃん、灰になるからな。最後に、さよなら言っとけよ」 「う、うん……」  最後にもう一度、お棺をのぞいた。  やっぱり、じいちゃんは、ほんのり笑って眠ってるように見えた。  僕はそれでも、これがほんとのことだと思えない。なんだか、ドッキリにひっかかってる気分。  ほんとは、じいちゃんは寝てるふりしてるだけで、猛と二人で僕をだまそうとしてるんだ……そんな気がした。  じいちゃんのお棺が次に出てきたとき、やっと、実感がわいた。真っ白な骨になった、じいちゃんを見て。  そういえば、父さんと母さんが死んだときは、まだ小さかったから、火葬場までは行かなかったんだっけ。人って、こんなにあっけなく骨になっちゃうものなんだ……。  ぼろぼろ泣きだす僕を、兄が抱きしめてくれた。  両親が亡くなってから、ずっと僕ら兄弟を育ててくれた、じいちゃん。  年のわりにかなりアクティブで、きさくで、話のわかる大人だった。  参観日も三者面談も体育会も、みんな、じいちゃんが来てくれたっけ。いっしょに遊園地行って、ジェットコースターとか、乗ったなぁ。  あのころでさえ、じいちゃん、アラウンド米寿だったが。思えば、元気なジジイだった。  でも、じいちゃん自身には、自分が長くない予感があったのかもしれない。  ダイハード見ながら、急に、 「猛。薫。じいちゃんは最後におまえたちといっしょにいられて、幸せだったよ。人生は長さじゃないからな。おまえたちも悔いのないよう、毎日を精いっぱい生きるんだぞ」  なんて、言ってたから。  そのときは、じいちゃん、酔ったか。年とると涙もろくなるっていうもんな、とか思ってた。  でも、あれは、今にして思えば遺言だ。 (じいちゃん。ごめん。最後だとわかってれば、もっと真剣に聞いてたのに……)  ダメだ。涙が止まらない。  じいちゃんのお骨が僕の鼻水まみれになってしまう。  長いおハシで、こっつんこ。  じいちゃんの遺骨が、こっつんこ。  でも、うちの場合、参列者は猛と僕しかいない。  お骨をグルグルまわしできるほど人数そろってない。  じいちゃんはにぎやかなのが好きだったから、さみしいんじゃないかな?  そんなふうに思うと、また涙が出る。 「なんで、猛は泣かないんだよぉ」 「………」  猛は歯をくいしばるばかりなり。  兄にあたってしまった。自己嫌悪……。  わかってるんだ。  猛だって、ほんとは泣きたいんだって。  でも、自分が泣くと、僕がよけいに悲しむから、ガマンしてるんだって。  僕らはじいちゃんの遺骨を抱いて、うちに帰った。葬儀も親族だけで、ひっそり、すました。  さて、親族も帰って、家のなかには僕と猛の二人きり。  昨日のお通夜のときは、弔問客とかあったから、あんまり思わなかったけど。人ひとりいなくなるって、すごい不在感だ。 「かーくん。おまえ、昨日、寝てないだろ。今日はもう寝れば?」 「寝てないのは猛もだろ。僕ばっかり気遣うなよぉ。もう子どもじゃないぞ」  猛は僕の頭をぽんと、たたいた。  これは……子どものころ、よく、じいちゃんがやってくれたやつだ。こいつ、いつのまに、そんな技を伝授されてたんだ? 気持ちいいじゃないか。あなどれん。 「じゃあ、にいちゃんが風呂わかしとくからな。おまえはメシを作れ。いいか? 肉は外すなよ。精進料理は食いあきた」  さすがだ。猛。食欲の権化。  いや、わかってる。わかってるぞ。  僕に目先の仕事をあたえて、気分をまぎらわせようとしてるんだな。  僕らは知っていた。悲しいことになれていた。  こうして、誰かがいなくなることに。  最初は悲しいけど、だんだんにその気持ちも薄れてしまうことを。  じいちゃんのことも、そのうち思い出のなかで遠くなっていく。  そして、僕らは変わらぬ毎日を送る。  さて、初七日がすんだころだ。兄が祖父の遺品を整理しようと言った。 「じいちゃんの部屋、八畳間だからな。おれが使うよ」 「ええっ。じゃあ、今の六畳間はどうするんだよ?」 「おまえがおりてくれば?」  じつは嬉しかった。  僕の部屋は二階。兄は一階。  前はなんとも思わなかったが、二人きりだと、けっこう遠いんだ。これが。  そんなわけで、僕らは遺品整理を始めた。  じいちゃんが僕らに遺してくれた京町家。  もとは死んだばあちゃんの実家だから、家具も古い。 「この和ダンスのなか、着物だよね? じいちゃんの」 「ばあちゃんのもちょっと入ってるはずだ。前に、じいちゃんが言ってたから。そこはいいだろ。じいちゃんの着物なら、おれがサイズあうし」 「いいよねぇ……猛は、じいちゃんと同じ巨人族で」  思い出の品をあれこれ物色してると、ちっとも片付かない。  すると、とつぜん、押入れのなかを見てた猛が、「あッ」と言った。手に変なものを持って、こっちをふりかえる。 「かーくん。見ろよ。これ。じいちゃんの隠し財産じゃないか?」  なんか、とてつもなく古い小型金庫だ。  和ダンスの小さいのみたいな。
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