〈一〉

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 気付けば俺はションベンをかけられながら憔悴しきっていた。はした金のためになぜこれほど尊厳を踏みにじられたあげくドブ川に工業排水と一緒くたに流されるような目に遭わなきゃいけないのか。目の前の鬱蒼としたジャングルから迸る汚水がべちゃべちゃ顔に当たって、冷や汗と混ざってえも知れぬ不快感が俺を襲う。というか、今になって、だ。 「次は四つん這いになりなさいよ」 「おい、グロマン。俺は銭の分しか働かねえぜ。なんたってここでもしオメーにのしかかられたとして、俺の身体はどうなる? まず膝の皿はオジャン、支えてる腕の関節も軋んだ便座の蓋と仲良くブッ飛んじまうよ。俺みたいなナイスガイを手籠めにさせてやってんだ。相応の額を払いな」  顔を真っ赤にしたクソババアは見た目相応の大きな足音を立てながらケバケバしいピンクの財布を引っ掴み、万札を投げつけてきた。薄汚れたラブホテルのフローリングにはらり。先ほどせしめた金と合わせりゃ10万といったところか。 「……毎度あり」  俺は四つん這いになって、ババアの椅子になった。罵倒に決まり文句で答えてやるとすっかり気を良くしたらしく、楽しそうに俺のケツをひっぱたいてチンパンジーみたいに笑った。こいつが笑うたびにシンクの三角コーナーのような刺激臭が鼻を突いて、それが先ほどのションベンから発せられるアンモニア臭と交互に嗅覚へと訴求してくる。  激しいSMプレイのあと、俺はババアを追い出してさっさとシャワーを浴びてだだっ広いベッドで煙草をふかす。バイト先で横領した30万まであと20万。10万イコールクソマン。こう考えてみりゃ案外楽なもんかもしれない。すくなくともマグロ拾いをやってるダチよりはマシだ。ラブホテルの刻印が入ったガスライターをポケットに入れると、鏡張りの壁にふてくされたガキみたいなツラが映ってふっと煙でかき消した。  クソッタレが。
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