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〈四〉
熱を持った頬を冷まそうとしばらくフラフラ歩いていたがいよいよそれにも限界が来たところで、やっぱりあの深淵に飯を食わせてやろうと思いつき、コンビニへ足を向けた。ケツポケットに入ったままの札束から一枚を抜き取り、カルボナーラに変える。
外の様子がおかしいことに気付いたのは外に出てたばこに火を点けたときだった。やけに騒がしいのだ。やけに騒がしくて、焦げ臭い。たばこのせいだろうかと疑う間もなくその原因はあのサイレンとどうやら関係がありそうだということに気が付いた。そして、気が付くまでもなく俺は赤い光の方角が俺のアパートと一致していることに、いやにねちっこくションベン臭い汗が背中を伝うのを感じていた。
「深淵!!」
ああ、深淵。お前はとうとうやりやがった。きっとあの黄ばんだクソ布団に火を放ちやがったんだ。ライターのごろごろ転がる部屋をいいことに、自らをも炎の中へ消してしまったんだ。
あんな女、放っておくべきだったのだ。キチガイの烙印を押して早々に立ち去るべきだったのだ。俺は、あいつを金づるなんかにしなくたってパチンコで30万用意できていたんだ。
無我夢中で走る。そう遠くはない俺のアパートが、遠く離れた実家のようにも感じるほど。
深淵、深淵、深淵。マスターに打ち据えられた一言が脳裏を焦がす。ずぶずぶに深淵に入り込んでしまったらしい俺が、他ならぬ深淵をも引き込んでいたということに気付かないほど、いや、気付いていないほど俺のオツムは終わっちゃいない。だから、ぜんぶ、俺が、悪いんだって。
あいつの終わった人生にとどめを刺したのは誰の眼にも明らかだ。俺しかいない。あいつの小説の登場人物は、深淵の住人は俺しかいないんだって知ってたからこそあいつをダシにして汚きったねえ金に換えた。自らの業を清算するために、あいつを利用してしまった。
きっと今、あいつは燃えていることだろう。黒や、赤にまみれて。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はああ……」
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