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ちょうど、そこに二人を追っていた騎馬集団が現れました。
その先頭にいたのは、他でもない。秋津の主人、中将でした。
「そちの名は?」
いつもの温厚な中将とは違う低い感情を押し殺した声。尋も中将の内に渦巻く怒りに鳥肌がたつのを感じました。
「尋と申します」
「尋…そちが姫を殺めたのか?」
「御意にございます」
「理由を申せ」
「は…恐れながら、秋津…秋姫と私は幼き日、共に野に遊んだ仲でございます。そんな秋姫は、私に屋敷から連れ出してくれと懇願してきたのです」
「莫迦な。秋姫がなぜ我が屋敷を出ると申すのじゃ」
「は、申しあげにくくはございますが、秋姫は中将を憎んでおりました。幼き日、父母に金子を与えて我が身を買い取り、屋敷に閉じ込める人攫いだと…」
「なんと…」
「連れ出さねば中将にあらぬことを申し上げて、私に罰を与えさせると脅され、やむを得ず秋姫に従ったのでございます」
「なんということだ…姫はずっと吾を騙しておったのか」
「ここに来るまでの間、私はずっと秋姫に屋敷に戻るよう説得しておりましたが、大恩ある中将へのあまりにも酷い罵詈雑言に、私はついに耐えかねて、それ以上不義不忠な悪言を続けるなら斬ると言いましたところ、秋姫は『屋敷に戻るくらいなら死んだ方がマシだ』と申され…」
その時、その場にいる誰もが死んだものと思っていた秋津が、息も絶え絶えに中将を見上げました。
「中将…」
その姿に中将は夢中で馬を降り、瀕死の秋津の傍へ駆け寄り、そのぐったりした上体を抱き上げました。
尋の顔はすっかり青ざめておりました。
「秋姫!」
「ひ…尋の申し上げたことは全て…真にございます。私は…中将を憎んでおりました…私は…貴方を…」
「あ…」
中将が何かを言いかけた時、秋津は息絶えました。
秋津は、そのまま弔われることもなく雪野に野晒しにて打ち捨てられました。
尋は中将への忠義揺るがずとのことで、罪を問われることはありませんでした。
その後、中将は妻を娶ることなく、子を儲けずに生涯を終え、尋は中将の遠戚にあたる姫を妻として娶りました。
儚き恋に生き、信じた恋人に裏切られた秋津の魂の残滓は悲しみとともに地上に残り、やがて融けない氷となって地の底深くに眠ったのでした。
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