融けない氷

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「ああ、先生。いつもすみませんね」 その男性は、分厚い防寒ジャケットにヘルメットの格好で私を迎えました。 ここでは必ずヘルメットをかぶらなければならないらしく、私もヘルメットだけはかぶっていました。 湿気があり、とても寒い場所で、気温はおそらく氷点下です。 その場にいるのは、私を含めて六人。 出迎えてくれた人物と、案内をしてくれた若い作業員、同じく作業員でベテランらしき年配の三人。 私は一礼して、彼らの後ろにあるものを見上げました。 巨大な氷柱。 これが、私がこの地下八十メートルの工事現場に呼び出された理由でした。 あまり公にはなりませんが、日本の地下には、様々なものが埋まっています。 トンネルや高層建築の基礎工事などのために地下深くを掘ると、高い確率でそれらと遭遇するのです。 ただ、それがなぜ公にならないかと言えば、考古学者なら垂涎の遺物も工事業者にとってみれば、工期を遅らせ、コストを増大させる邪魔者でしかないからです。 彼らは太古の遺跡を見つけると、速やかに埋め戻すか破壊します。 もし、皆さんもこうしたものを見つけてしまった時は破壊せず埋め戻すことをお勧めいたします。 破壊してしまうことで眠っていたはずのものが目を覚ましてしまうこともあるからです。 私を呼んだ人物は、この工事を受け持つゼネコンのベテラン監督でした。 今回掘り出されたこれがただならない物だと直感した彼は破壊する前にかかりつけの霊能者である私を呼んだのです。 「どうですか、先生」 監督が、背中越しに私に尋ねてきました。 無言で氷柱を見上げていた私の緊張を感じとったのでしょう。その声は、私を迎えて声をかけてきた時よりも畏まった様子でした。 「このまま埋め戻すべきでしょうね」 私が言うと、監督は首を横に振りました。 「それはできないよ、先生。この場所は街プロジェクトの中核になる巨大商業ビルになるんだ。こんなもののために、ここの設計は変更できない」 「おやめになった方が良いでしょう」 「そんなこと言わずに、いつものように除霊をお願いしますよ、先生」 「無理ですね。お断りいたします」 私は冷たく言い放ち、クルリと踵を返しました。この場にいるだけで身も心も凍てついてしまいそうだったからです。
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