指先に微熱

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電車に乗ると雨は本降りになって、 着いた駅は、足止めをくらった人でごった返していた。 ロータリーには既にタクシーを待つ人の列が出来始め、 誰かを迎えに来た車が、ロータリーに入ってきたバスに大きめのクラクションを鳴らされている。 そんな騒がしい中だというのに、 そんな人混みの中だというのに、 私は見覚えのある背中を見つけてしまう。 ピタリ、と立ち止まった私に背後から来ていた人がぶつかって、「チッ」と舌打ちをされた。 「すみませんっ」 咄嗟に出た謝罪の私の声が聞こえたのか、 その猫背が私を見つけ、 私の傷口に触れたあの唇が、 “ナニヤッテンノ” と動いたように見えた。 近づくとカズマはソッポを向いて、左手が首の後ろをガサガサと雑に掻いた。 「帰らないの?」 そう言ってすぐにカズマの手元に目をやると、傘を持っていないことがわかった。 「傘がないなら……」 雨に濡れるけど少し歩けばコンビニで傘を買えばいいのに、と続けようとした私を、 「待ってた。入れてよ、傘」 カズマが遮った。 「いい、けど……」 「っしゃ。傘買うお金浮いた!」 「何、それ」 「家にはビニール傘なんて売るほどあるのに買うの馬鹿らしいじゃん。それにそんなんで小遣い足りないからって母ちゃんにくれとは言えないし」 「そっか」 「うん」 カズマの家は母子家庭で、お母さんは看護師さんをしている。 「うちで夜ご飯食べなさいよ!」なんてうちのお母さんがカズマを呼んだりするのは前はよくあったけど、カズマがそれを断るようになったのはたぶん中学生になった頃で、 うちのお母さんとカズマのお母さんが二人で“年頃だからねー”と言って笑っていたけど、 私はカズマが来なくなった理由は違うと思っていた。 たぶん、そこにはカズマなりのプライドがあって。 お前んちのハンバーグ上手いよなとか言うくせに、じゃあおいでよと誘っても一切来なくなっていた。 少食の割には意外と食べ方が豪快なとこも、 自分の家のように寛いじゃうとこも、 近くで見れなくなったのが、 すごく寂しかった。 その頃にはもう、 カズマのことを好きだったんだと、 何だかわからないけど、今、ふと、 そう確信した。
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