6人が本棚に入れています
本棚に追加
街中に甘い香りが立ち込め、人々がどこか浮き立つような日。
バレンタインデー。
友達同士のイベントのようにもなっているけれど、想い人に気持ちを伝える人も少くないだろう。
私にとっては一生忘れることのない日。
もう随分昔の事。
毎年チョコレートプレゼントをするのは私の方だったのに、あの日は彼が私にくれた高そうなチョコレート箱。
彼に促され箱を開けると、チョコレートの上に無造作に置かれた指輪。
学生時代からずっと付き合っていた彼が、最高のプレゼントをくれた夜だった。
そんなロマンチックな事が出来るような人ではなかったのに、女性ばかりだったであろう店にどんな顔をして買いに行ったのか。
想像するだけで笑みが溢れた。
たぶんあの日が私の人生で1番幸せな日だった。
帰宅途中、デパートに足を運ぶ。
今も変わらずあの日のチョコレートがショーケースに飾られている。
それを買って家に帰るのが、この日の恒例のようになっている。
玄関を開けると、目の前には闇が広がる。
誰もいない部屋は寒くて暗い。
電気をつけソファーに腰を下ろし、チョコレートの箱を膝にのせた。
あんな素敵なプロポーズをしてくれたあの人は、もうここにはいない。
『一生幸せにする』って言ったのに、知らない間に余所の女と子供をつくって出ていってしまった。
箱にのせた私の手は、シワだらけのお婆ちゃんの手だった。
箱を開け、チョコレートを1粒口に入れる。
懐かしい味に、涙が頬を伝った。
私はあの日から動けないまま。
あの人との思い出が詰まったこの家で、1人…。
最初のコメントを投稿しよう!