バレンタインの夜

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街中に甘い香りが立ち込め、人々がどこか浮き立つような日。 バレンタインデー。 友達同士のイベントのようにもなっているけれど、想い人に気持ちを伝える人も少くないだろう。 私にとっては一生忘れることのない日。 もう随分昔の事。 毎年チョコレートプレゼントをするのは私の方だったのに、あの日は彼が私にくれた高そうなチョコレート箱。 彼に促され箱を開けると、チョコレートの上に無造作に置かれた指輪。 学生時代からずっと付き合っていた彼が、最高のプレゼントをくれた夜だった。 そんなロマンチックな事が出来るような人ではなかったのに、女性ばかりだったであろう店にどんな顔をして買いに行ったのか。 想像するだけで笑みが溢れた。 たぶんあの日が私の人生で1番幸せな日だった。 帰宅途中、デパートに足を運ぶ。 今も変わらずあの日のチョコレートがショーケースに飾られている。 それを買って家に帰るのが、この日の恒例のようになっている。 玄関を開けると、目の前には闇が広がる。 誰もいない部屋は寒くて暗い。 電気をつけソファーに腰を下ろし、チョコレートの箱を膝にのせた。 あんな素敵なプロポーズをしてくれたあの人は、もうここにはいない。 『一生幸せにする』って言ったのに、知らない間に余所の女と子供をつくって出ていってしまった。 箱にのせた私の手は、シワだらけのお婆ちゃんの手だった。 箱を開け、チョコレートを1粒口に入れる。 懐かしい味に、涙が頬を伝った。 私はあの日から動けないまま。 あの人との思い出が詰まったこの家で、1人…。
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