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男はそのまま、ポカンとしている奈津の隣に座る。奈津は男が何者なのか、気になったものの話を切り出せないでいた。
「あ、そうだ。君にも話があったんだ」
「俺?」
「ねぇ、なんであの人の話を聞いていたの?見た感じ、知り合いでは無さそうだったからさ」
「まあ、知り合いでは無かったですね。話を聞いていた理由ですか?・・・何となく?」
答えが疑問形になったのは、奈津自身よく分かっていなかったからだ。
男はアハハハと笑い、文吉に差し出した名刺と同じものを、奈津に手渡す。そこには、『お話し屋 市棋朱雀』と書かれていた。
「しき・・・すざく?で、合ってますか?」
「そうそう、ごめんね読みづらいでしょ」
男、もとい朱雀は楽しそうにアハハと笑う。奈津は朱雀の名前より、別のものが気になった。
「お話し屋?」
「そう、ただ話を聞くだけのお店。カウンセラー的なもの」
「ふーん、で?俺は特に相談したいことなんて無いですけど?」
「あぁ、そうじゃないよ。君を雇いたいんだ」
「は?」
朱雀からそう告げられると、奈津は目を丸くして朱雀を凝視した。朱雀は笑顔を絶やさず、奈津の返事を待っている。
「・・・なんで、俺?」
「うーん、何となく?」
ようやく、朱雀の言葉を飲み込んで、質問すると気の抜けた返事が返ってきた。だが、奈津にとってこの上ない申し出だ。なんて言ったって、彼は今、無職なのだから。
「いーんすか?そんな理由で雇って」
「いーんじゃない?まぁ、働くかは君次第だけどね」
朱雀は立ち上がり、奈津から背を向けて文吉が歩いていった逆の方向の道を歩き出す。その後ろを追いかけようと、奈津が立ち上がった瞬間、朱雀が後ろを向いた。
「やる?やらない?」
「やらせて下さい!お願いします!!」
奈津は精いっぱい朱雀に頭を下げる。
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