一章 森の巫女

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そんな何十年も前に社に入った大巫女が、自分の寿命は近いと言い出したということで、彼女の後継が選ばれる事態になったのだ。 それが沙耶(さや)──私の妹だった。 生まれる子供の数はそれほど変わらなかったのだが、その年代に関しては、丁度良い年頃の娘は一族に沙耶一人だった。 生まれたその頃から、沙耶は巫女になるという定めにあった。 沙耶もいずれは自らが巫女になるのだと物心ついた頃から両親から言い聞かされ、本人も己の決められた道に納得していた。 齢十二を越え、月のものが来たと分かった瞬間から、沙耶はただの娘からカミに仕える巫女となるために、生まれ育った家を出され、婆さまのもとで巫女としての修業が始まったのである。 年始を含め、年に5度だけ妹と会うことを許されている私は、馬に跨り、悠々とムラから社までの道を進んでいた。 不思議と冬も緑を宿している森は不気味でもある。この森が緑を保てる理由は分からない。周りはカミがいる、生きた森だからというのが常だった。 ついこの前まで雪が降っていたため、森の中には溶け残った雪がちらちらと見え隠れしている。 空からの陽を木々が遮ってしまっているために雪が溶け残っているのだろう。 奥の方が緑が生茂り、陽射しが届かず暗いわけだから、森の奥に進むほどに雪が残っており、深緑が真白に埋め尽くされている様子を想像するのは容易だった。 社まで来ると、その裏に回って馬を止める。 肌寒い風が通り過ぎて行き、木の葉が揺れる音がした。結った髪を風が大きく攫う。その風はまるで森の奥へ私を引き込もうとしているかのようだ。 昼間だというのに、社の裏に続く森への真っ暗な道はこの年になっても恐ろしく思える。 ただ、自分がこの道を通ることはおそらく一生ないのだということも分かっていた。 この社の奥の森に入ることを許されているのは社に仕える巫女だけで、この奥にある泉で身を清めるのだと言う。 自分などの巫女ではない人間が踏み入れればどうなることか。カミの怒りに触れるに違いなかった。 そんな森に恐れること無く足を踏み入れるのだから巫女とは凄いものだ。 息をついて森から目を反らし、母から預かってきた手土産と供え物を確認して、馬から降りた。
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