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私が悩んでいると彼はその死んだ森に降り立った。
木々はある。川もある。少ないものの鳥もいる。ただ、悲しいほどに静かなのだ。自然の声が聞こえない。枯葉に地面が埋もれている。何かが失われ、森自体が死んでしまっている。
彼は一番高く太い木の枝に私を降ろし、彼もまた青白い光を発しながら人の姿に戻って私の隣に立った。
腰を降ろした木は、冷たかった。
「カミという存在は人の信仰に左右される」
彼の言葉に昔大婆様から教わったことを思い出した。
「人に忘れられれば力がなく、静かなカミは死ぬ他ない。少ないながらも力の強いカミもいるが、そういう存在ばかりではない」
人の気持ちが集まり、カミは生きているとも。だからこそ我々が忘れてはいけない。そうすることで森は生きるのだから、と。
その森のカミと人を繋げる役目を担っているのが巫女という存在なのだ。
「人は、古来のカミを忘れ始めている」
相手は遠くを眺めていた。彼が眺めているのはまほろばがある西の方角だ。
「西に大王が立ったことと、関係しているのですね」
私やムラや森の運命を変えてしまった、自らが神であると唱えた大いなる人。
私のムラと森と同じように、多くのムラに森の開墾を迫っているという。
森を切り開くことをムラが了承すれば、それは森のカミが信仰を失ったことと同義だ。
「最早、人にとってのカミは一人となった」
隣の人は静かに言った。
「太古よりのカミではない。人は我らを捨て、一人を神とし、崇めている」
「変えられないのでしょうか。昔に戻ることは、もう出来ないのでしょうか」
彼は何も言わなかった。
沈黙を貫いて死んだ森を見下ろしている。まるでこの森の有様を嘆いているようだった。
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