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涙が落ち続けていく。兄や母、ムラや森のこと、この屋敷に来てからの日々、夫からの辱め、そしてカミの子だと名乗ったあの人が、閉じた瞼の裏に流れていく。そのたびに涙の量が増した。
森へ帰りたい。何もかもを捨てて、あの場所へ帰ってしまいたい。
けれど出来ない。帰れない。
夫の言う通り、ムラのことがある。森のことがある。
約束を私から違えれば、間違いなくまほろばの勢力は母や兄のいるムラを滅ぼす。
でも苦しい。辛い。このままあの夫のもとにいたくなどない。思い通りになりたくなどない。
それでも私はムラの平和との引き換えにここにいる──。
どうにもならない問答が頭を右往左往し、呼吸を荒くした。どうしたらいいか分からない。
涙が零れて行く。自分の前にあるはずの道が何も見えない。
私は何のために、ここにいるのか。
一人で泣き続けて夜になった。
カヤは泣いている理由を言わない私を慰めながら寝具を用意し、私を寝かせた。
カヤに言ってしまえば楽になるのかとも思ったが、これだけ親身になってくれている彼女を煩わせてしまうのは気が引けた。
ここを出たいという望みは、私が最も抱いてはいけないものだ。
夫の発言を知れば、カヤはきっと自分を顧みない行動に出てしまう。それが分かっているから余計に言えるものではなかった。
夜もカヤは傍にいようとしたが、一人にしてほしいと頼み、結局は隣の部屋に控えてくれることになった。寝具に身を埋めても嗚咽は止まらなかった。
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