この気持ちには、名前をつけない

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「冬樹。見て」 そう言って雪穂が窓の外を指差した。 空から降ってくる綿帽子の雨。外では雪が降っていた。 そういえば、昨日天気予報で言ってたな。 降ってくる雪を見上げていたら、この町やこの雪を嫌いになった理由(原因)を思い出した。 …小さい時は好きだった。 この町も、この雪も、両親も。 でも、雪穂がこの町を出ていくことが分かって、 それで嫌いになったんだ…。 すぐに会いに行けない遠くにあるこの町を。 一緒に遊んでいた時のことを思い出させるこの雪を。 自分達の勝手な都合で物事を決めて、僕達の気持ちなんて考えようともしない両親を。 僕と離れ離れになるのに、一切の文句も言わずに受け入れた雪穂を。 それで、すべてを嫌いになったんだ…。 嫌いになれば楽になれるとそう思って……。 もうとっくに、この想い(気持ち)の名前は何か分かっている。 でも…、 ─────────この想いに名前をつけてしまったら、きっともう戻れない。戻れなくなってしまう。 雪穂。お前は僕の想い(気持ち)を知らない。 小さい頃から、僕がお前をどう思っているかも。ずっと見てきたことも。 知らないから、だからいつも僕に笑いかけてくれる。これから先、大人になって再会したとしても、お前が知ることはないだろうし、伝えるつもりも僕はない。 たとえ伝えたとしても、お前の瞳に僕が映ることは決してない。だから、切っても切れない絆さえも壊してしまわないように、僕はこのままを選ぶ。 だって…、 きっと…綺麗なものではないだろうから。 だってそうだろ?ずっと家族として育ってきた。兄妹として育ってきたのに……。 僕は父の、雪穂は母の連れ子だった。僕らの誕生日や血液型、生まれた病院が同じで意気投合した両親は結婚したものの長くは続かなかった。 雪穂と血が繋がっていないことを知ったのは12歳の時。ショックよりも嬉しかった。 異常だと思っていたこの感情が、おかしいと言い聞かせてきたこの感情が、持ち続けてもいいのだと救われた気がした。 けれど雪穂はその事実を知らない。僕と実の兄妹だと思ってる。 醜く 浅ましくも 儚く (したた)かで、 それでも、 誰よりも… 何よりも… 純粋な想いにつけられるこの想いの名前は、 誰にも負けないこの想いは、 …きっと これからも美しく、 僕を支えてくれる。 知らないままでいい。報われなくていい。叶わなくていい。届かなくていい。 お前がちゃんと笑っていてくれるなら。 それだけで、僕は十分だから。 …だから、どうか元気で。 どうか、幸せになってくれ…。 愛しい、 「じゃあ。 またね、───お兄ちゃん」 「何だよ、急に」 「1回も呼んだことなかったなと思ってさ」 「何だそれ」と僕は笑う。 「またな、雪穂。 …元気で」 愛しい────僕の双子の妹よ。
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