この気持ちには、名前をつけない

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僕には嫌いなものがある。 ほぼ田舎の小さい町。 しんしんと降り積もる雪。 顔を合わせれば、いつもケンカばかりする両親。 そして───────…………… ✤✤✤ 「おーい、黒崎(くろさき)ー」 名前を呼ばれて、声のした方に視線を向ける。 呼ばれた理由は考えなくてももう予想できる。そして、その予想はほぼほぼ当たる。 「白石(しらいし)さんが来てるぞ~」 クラスメイトからの呼び掛けで僕はため息をつきながら席を立った。 教室の中にいるのにこぼれたため息が白く曇る。 またか…。あいつも本当懲りないよな。 うんざりした態度を隠すことなくドアまで移動すると、腕組みをして声を出す。 「何?雪穂(ゆきほ)」 そして─────────────、 『白石(しらいし)雪穂(ゆきほ)』 隣のクラスにいる同い歳の女の子で──僕が1番嫌いな奴。 雪穂は僕に視線を合わせることなく、下を向いたままオドオドした口調で用件を述べた。 「ご…ごめん……。 国語の…教科書、貸してほしくて…」 やっぱり……。 何度僕の所に来たら、気が済むのだろう。こいつは……。 額に手を当ててため息をつく。 雪穂は忘れ物の常習犯で、2日に1回は必ず何かを忘れてくる。そしてその度に僕の所へ来て借りにくるのだ。最初は小言を言っていたものの、今となってはもう怒る気力さえ失せた。日常と化したこの光景は慣れない方がおかしいほどだった。 そしてさらに、雪穂はいつも自信なさ気で、ビクビクオドオド。人の顔色や下ばかり見ている。その態度にはいまだに腹が立つ。 雪穂は赤ん坊の頃からいつも一緒で何もかもが同じだった。 生まれた日も、生まれた病院も、血液型も。さすがに時間までは違ったけど。僕が産まれた5時間後に雪穂は産まれた。 そして、その時からいつも一緒だった。一緒にいないことの方がおかしいほど。 …けど今は、昔のことが嘘のように離れている。 「前もそう言って来てたけど?」 どうしてこうも忘れることができるのか聞きたいくらいだ。 「ご、ごめんね……」 ビクッと肩を強張らせ泣きそうな表情になって雪穂は謝る。その言葉もその表情も、もううんざりだ。 「そう思うんなら忘れ物すんなよ。 次は貸さないからな」 「うん…。ごめん…」 シュン…と肩を落とす雪穂にため息をついて、自分の席から国語の教科書を取りに戻ると、雪穂の胸に叩きつけるように教科書を渡す。 「ほら!」 「あ…ありがと! 終わったら返しにくるね」 そう言って、高校生にしては小さい足でパタパタと自分の教室に帰っていく。
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