この気持ちには、名前をつけない

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━━━次の日。 雪穂は、明日の引っ越しの準備で学校には来なかった。 そして僕はあれから聖とは口を利いていない。ケンカしたこともあってか、担任の采配で席の場所も端と端になった。 僕はグランド側の窓の1番後ろ。聖は廊下側の窓の1番前。 ハラハラと降る雪空を眺めながら、ふと明日の天気のことを考えていた。 「明日は、もっと雪が降るんだったっけ……」 ちり紙のように舞いながら降っていた雪は、午後になると少しだけ強さを増した。その雪は、まるで雪穂との別れを計る砂時計のように僕には思えた。 窓から黒板へと視線を移す。 黒板の隅に書かれた日付を見て、明日が何の日なのかを思い出した。 そういえば、明日はバレンタインデーだな。 あいつの最後の準備って何だったんだろう。 気が付けば、いつの間にか雪穂のことを考えていた。 ━━━2月14日。 今日はバレンタインデー。そして、雪穂と別れの日────。 「元気でな」 そう言った後、提げていた紙袋を雪穂に渡す。 こんなこと、これから先絶対しない。 だってこれは、雪穂が引っ越しするそのためのプレゼントとして買ったのだから。それ以外に理由はない。 「何?これ…」 きょとんと不思議そうな表情をして、中身を覗く。 「開けていいよ」  雪穂が紙袋から箱を取り出して、驚いた表情から嬉しそうな表情に変わっていく。 中に入っているのは薔薇の形をしたチョコレートが3つ。 「うわぁ…!」 「ずっと食べてみたいって言ってただろ?そのチョコレート。 あげるよ、今日バレンタインデーだし」 「ありがとう! …でも、普通は女の子があげるんじゃ……」 「いいんだよ。…今日は」 直接渡せるのは、───いや、チョコを渡すこと自体もう最後なんだ。次はいつ会えるのかも分からないにしても、チョコ(これ)を渡すのに〝次〟はない。これは僕が雪穂に渡す最初で最後のチョコレートだ。 だから、今日渡したって神様も許してくれるだろう。 「…うん、…ありがと。 あっ、私も渡したいものが」 そう言って、自分のバックから何やらかわいく梱包された袋が出てくる。 「これ、冬樹にあげるね」 「手作りの…トリュフ? …毒、入れてないよな?」 「入ってないよ!!」 頬を膨らませて怒る雪穂。 小さい頃から変わらない怒った時に出る雪穂の癖だ。 「嘘だよ。 ありがと、もらっとく」
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