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「もしもーし。俺、康平サン。いまトモのウチにいるんだよね。しかもふたりきりでさ。べつになにかあるわけじゃないけど、 日曜日の昼間っていうシチュエーション、結構ソソられない?そうでもないか。俺は好きなんだけどねー。 春子さんまだ帰ってきそうにないから、あと数時間はふたりきりかな。まあ、なにかあるわけじゃないけどね。 それだけ。じゃあな」
反論しかけた相手の声を無視して、そのまま通話を切り、智紘に携帯電話を軽く放り投げた。
それを片手でキャッチした呆れ顔の智紘に、にやりとした笑みを向け、甘いミルクティーを口に含む。
数十分後には、慌しい足音と共に、玄関のインターホンが鳴り響くはず。
そんな情景を思い浮かべながら、再びソファーに寝転んだ。
なんとも心地よい気分で、ゆっくりと眼を閉じる。
呆れたようにため息をついていた智紘の口から、微かな苦笑が聞こえた。
「どうしようもないな」と、困ったように呟かれる言葉に含まれる、小さな笑い声。
耳に触れて、さらりと流れていく心地よい、響き。
穏やかに降り注ぐ太陽の日差しと、やさしく頬を撫でる暖かい風。
甘い、甘い、ミルクティーの香り。
すべてのものが、瞼の裏に鮮明に刻み込まれていく。
終わりを迎えるのは、まだ早い。
静かに流れるときのなかで、康平は小さく笑みを浮かべ、ゆっくりと意識を手放した。
忘れられない記憶。
忘れたくない記憶。
忘れてはいけない記憶。
記憶はいつまでも鮮明に。
五感に触れる心地よい響きはそのままに。
ねえ、声を聴かせて・・・・。
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