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「ねえ、康平」
落ち着いたBGMと、人々の話し声が微かに流れる店内で、 葉月がミルクティーのカップをスプーンで混ぜながらゆっくりと口を開いた。
「わたし、最近、よく思うことがあるの」
「なに?」
甘みのないコーヒーを口に含みながら問い返すと、葉月は大きな眼を細めて静かに微笑んだ。
「人間の寿命って、いったい誰が決めるのかしらね」
「なにをいいだすかと思ったら・・・・どうしたの、急に」
おもわず苦笑を洩らすと、葉月も似たような笑みを零して、小さな手でカップを包んだ。
「康平のお父さん・・・・麻生の叔父さまと叔母さまが亡くなったとき、思ったの。 人間の寿命はいつから決まっていて、いったい誰が決めるのかしら、って」
「・・・・」
「生きてほしいと願う人ほど、その寿命は短かったりするでしょう? それはいつから決まっていて、誰がそれを認めるのかしら・・・・ 生きる者として、わたしたちはただ見守っていることしかできないのかしら・・・・」
日の当たる窓から、人通りの多い通りを眺めながら葉月は静かに眼を伏せた。
コーヒーのカップを指でなぞり、水面に浮かぶ波紋を眺めた。
「・・・・運命だとしたら?」
「え?」
「あのふたりが死んだことも、これから誰かが死ぬことも、運命だとしたら」
「割り切れるとでもいうの?」
葉月が少し眉を寄せた。
艶やかな髪が、微かに揺れた。
その表情に苦笑を返し、康平は小さく肩を竦めた。
「キリがないよ、葉月。それを考えだしたら、キリがない」
「でも、あなたは思うことはないの?」
大きな瞳を悲しげに揺らして、葉月はじっと康平の眼を見つめる。
「思うよ。思うけど、深く考えれば考えるほど、あのふたりの死が意味のないものと化してしまう」
「・・・・」
「そんな気がするよ」
「・・・・そうね」
静かに眼を伏せた葉月が、もう一度、ゆっくりとカップを両手で包んだ。
まるで、一生懸命になにかを包み込もうとするかのように、なにかを守るかのように・・・・。
ミルクティーは葉月の手の平の中で、微かな熱を保っている。
ほのかに漂ってくる香りは、甘くて、そして、少しせつなげだ。
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