32人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうしたの?」
ほどなくして戻ってきた智紘は、甘い湯気の立つカップを差し出しながら、不思議そうに首を傾げた。
なんでもないよ、と笑いながら、カップを受け取る。
「これは・・・・また一段と甘そうだな」
漂う香りにおもわず眉を寄せると、その表情に智紘は愉快そうに笑った。
「そんなに甘くしたつもりはないんだけど、俺の舌にあわせるとどうしても甘くなっちゃうんだよね。諦めて」
「それはそれは・・・・」
そういいながら、ミルクティーをひと口、口に含む。
口の中に広がる甘さに、無意識に顔が歪む。
そんな康平を見て、智紘はたのしそうに笑った。
不意に、ゆっくりとカップに口をつける智紘の傍らで、携帯電話が鳴り出した。
「はい」と、落ち着いた声で電話に出た智紘の表情が、とたんにやわらかく微笑む。
自分の前では決して見せない、甘い、甘い、表情。
かけてきた相手が誰かなんて、智紘の顔を見れば一目瞭然で。
そんな表情をさせることができる相手に巡り合えたことをうれしく思う反面、少しだけ、妙な嫉妬心に駆られたりする。
本当に、少しだけ。
自分の懐から飛び出していこうとする智紘の存在が、とてつもなく眩しく映るから。
それが寂しくも思い、うれしくも思う。
けど、充分すぎるほどわかっているのは、これが夢にまで見た理想の形だということ。
これが、自分と葉月が願った智紘のしあわせ。
うっとりと眼を伏せ、相手の声に耳を傾けている智紘を見ながら、康平は苦笑を洩らした。
カップの中身を零さぬよう気を遣いながら、片方の手をそっと伸ばす。
掠め取った携帯と、驚いた智紘の顔。
最初のコメントを投稿しよう!