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「またね」
あたしは涙をこらえてそう言ったのだ。セミがけたたましく鳴く思い出の公園で、小麦色に焼けたサトルに向かって。
「……え」
サトルは驚いていた。怪訝な表情をして、何て言えば分からないというような表情をして、石像みたいに固まってしまった。それを良いことに、私は逃げるように走り出す。
「またね、だなんて」
その言葉は自然に口から漏れてきた。「さよなら」って言うべきところなのに「またね」だなんて、あたしの本心がこんなところに現れてるんだね。そう考えてしまうと、涙が抑えられない。頬を伝ってポロポロと、まるで締まりの悪い蛇口からこぼれるみたいに、情けなく頬を伝って落ちていく。
「ちょっと、まてよ!」
サトルの声、追いかけてくる足音。――そのまま追い付いて、私を止めてくれればいいのに。そんな事を考える自分にも嫌気がさした。自分のやったことを棚に上げて何を考えているんだろう、なんてワガママなんだろう、あたしは。
あたしは、もうサトルの顔を見る資格なんてないんだと自分に言い聞かせて、足が止まらないように神様にお願いしながら走った。そうしないと立ち止まって振り返って、「いまのは嘘だから」なんてサトルに甘えてしまいそうだった。
「待てって! 奈々未!」
ぐっ、とあたしの右手が掴まれた。強い力で引っ張られて、足が止まる。振り向くとサトルは肩で息をして、あたしを見つめていた。
「――なんで」なんで追いかけてくるの。なんであたしの思った通りにしてくれるの。あたしが信じたとおりの事を、あたしなんかにしてくれるの。
「奈々未。俺、分かんねんよ」
小麦色に焼けた肌。細いように見えてしっかりと鍛えられた腕。短く刈られた髪の毛。その身体の全部が野球部で一生懸命頑張ってるんだと私に語り掛けてくるみたい。それなのに、あたしは、あたしったら。
「もう、あたし、あんたに話しかける事なんかできないのよ……分かってよ、サトル……」
「そういうのじゃねえんだよ!」
サトルは大きな声を出した。彼が夜楽しみにしていたプリンを食べてしまったあたしを食い入るように見て、彼は叫んだ。
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