彫刻の君

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 今日も仕事帰りの日課、教会に寄る。別に教徒ではないのだが。   切っ掛けは雨宿りだった。この古びた建物にふらっと入ってやり過ごそうとしたのだ。  入口のガラス越しに見えるのは、在り来たりの木の長椅子。教壇に主の像と十字架。聖 書架台。オルガン。そして隅の柱に彫刻。なんとなく入ってしまったが、社会の喧騒を忘 れさせる静寂と、なんとも言えない厳かさがあった。この座り心地の悪い長椅子でぼんや り過ごすが心地良いのだ。    敬虔な信者には申し訳ないが、隅の彫刻が艶かしい。美術に詳しい訳でも無い。教会と 言えば天使像が多いイメージだが、ここは青年か少女像なのだ。胸の上が丁度装飾で下は 同じ履き布でどうにも男女の判別が出来ないのだ。とにかく中性的で微かに微笑んだ顔に 心が和ぐのだ。   たまに見る神父も信者も話し掛けて来ることもない。ただ穏やかに過ごす時間のために毎 日通うのだった。 ある日、前席の方に同じ時間に座る人が居るのに気が付いた。昨日も 今日も。次の日も。教会の説教は大体朝だろうか。夜に来るのは夜しか来れない信者か。 まさか自分の様に一日の疲れを忘れるためや、艶かしい彫刻に会いに来ている何てことは 無いだろう。  いつしかその人が決まった席にいるのを確認するのも日課となった。      時折見えた横顔から彫刻の君と勝手に呼んでいる。服装から男性だろうか。女性とも思 える。中性的だ。決していやらしい気持ちではない。彫刻の顔の雰囲気が似ているのだ。  どの位通ったのだろうか。彫刻の君が近頃いつもの長椅子に居ない。まあ、人それぞれ 都合がある。気にせず今日も柱の彫刻を眺めたり、ただひたすら静寂な空気を楽しんだ。
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